南柯と胡蝶の夢物語
あの忌々しい事件から、ずっと一人で食べていた食事。
もう慣れたと勝手に思っていた。
それでもやはり、リビングに自分以外の誰かがいるというのはどこか安心するのだと、水流の髪を見るとそう思うのだ。
お風呂から上がったらしいその人は、入る前と変わらぬ出で立ちでリビングに入ってきた。
それを見て、穂月はあれっと声を挙げる。
「お風呂入ったんじゃないの?」
「入りましたよ?タオルで拭けば乾く程度で、濡れたりはしないんだけどね。温かかった」
満足げなその言葉に首を傾げる。
「髪とかも、濡れないんだ?」
「地球上の物質と混ざり合うことが出来ないみたいです。ほら、水と硝子みたいな感じでさ」
「土では汚れてたくせに?」
「あれだって、はたけば落ちたんだ」
「あー、あー。余計なお世話ですみませんでしたね」
「まあ気持ち良かったから良し。人間のくせにいいことしてますね」
「悔しかったら自分でバスタブでも作れば、妖精サン」
その言葉にぴたりと固まったその人は、信じられないようなものを見る目つきでキッチンにいる穂月を見つめた。
「その、ヨーセイってのはもしかして私のことですか?」
「もちろん。元々あんた、悪って柄でもないしね。悪魔よりは妖精でしょ」
「妖精は私には似合わない。と言うか私に愛称をつけないでください」
「愛称も本名もないと、人間は不便でしょうがないのよ!あんたが嫌がるのなら尚更妖精で決定ね」
勝ち誇ったように胸を反らせる穂月を見やって、妖精はため息をついた。
「……やってることは紗良里と同じなのに、動機は全然違うときた。まったく……、勘弁して欲しいんですけど」
「え?何言ってるの、聞こえない」
パチパチ、ジュウジュウと音を響かせながら肉を炒め始めた穂月にその声は届かなかったらしいが、妖精は言葉を変えて大きめの声で返した。
「悪魔は穂月だってことですよ!」