南柯と胡蝶の夢物語

そしてまた、カンカンという音と共に黄色と黒の縞模様のバーが上がる。
再びその音が止んだところで、穂月は歩き始めた。
周りよりも若干だが早めのテンポで、革靴の高めに設計された踵をカツカツと小気味良く鳴らしながら、背筋を綺麗に伸ばし一人、歩いていく。
先程一瞬見せたようなぼっとした空気は跡形もなく消え去っていたがそれでも、頭ではまだ続きを考えていた。

楽しく生きても虚しく生きても死んだらなにも感じない。
だからこそ限りある人生を楽しもうと言う人もいれば、ならばと無理なく生きていこうとする人もいる。
穂月は後者の人間だった。
今だって、友達とわいわい雑談しながら帰っているクラスメイトの集団を笑顔で挨拶だけしてすり抜けながら帰っている。
どうしても、人間関係というのは煩わしさを感じずにはいられないのだ。
友達がいないわけではないが、多いほどいいと思った事もない。
友達作りに励んだ事もない。
友達というのは、いつの間にかに集まって落ち着ける人間のことを言うのだと、そう信じ切っているからだった。
そう、いつだって無理なく、人様に迷惑にならない程度でしたいように生きているのだ。
それに今更疑問も感じないし、文句も言わせるつもりはない。
それが彼女の日常なのだから。

無事自宅に着くといい加減に靴を脱いでそのまま自室に直行した。
特に疲れるようなこともしていないが、何故だか身体が重い。
息を吐きながらベッドに腰掛ける。

「ん……だるいな、なんでだろ」
「そりゃあ、あれじゃないの」

ふと口にした言葉は、聞きなれない声によって独り言でなくなってしまう。
その声の主はいつの間にか自分の隣にごく自然に座っていた。

「気持ちの重さってやつだよねえ。いや、はは、知らないけど」
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