南柯と胡蝶の夢物語
8,驚天動地
8,驚天動地
「穂月の元気は、どう?」
そう問いを投げたのは、白い薔薇を咲かせた白髪の少女。
それに応えるのは、この異様に白い部屋で浮いて見てるコバルトブルーの翼を持った人影だった。
「元気ですよ。自殺なんかは、しないらしい」
「それは良かったわ。本当に、なんて馬鹿な真似をするのかと……」
「もし死ぬようなら、今回の件を穂月ちゃんに持ち込もうとも考えたんだけどね」
「冗談でもやめて。そんなのなんにも意味がないわ」
「だからって紗良里が死んでも意味がない」
黙ってしまう紗良里に、妖精は微笑みながら続けた。
「穂月は、いい子ですね」
「……ええ」
「穂月ちゃんなら、良かったんだけど。あの子は私の中で穂月になっちゃったからさ、もうきっと殺せない」
「違うわ、妖精さん。あなたが殺すのは、元々私でしょう?」
「ああ、そうですね」
「妙な考えはやめて。私は穂月が生きていてくれるように、妖精さんに穂月のところに行ってくれるようにお願いしたのよ?」
「その通りなんだけどねえ……」
何か考えるようにしながら妖精はその瞳を閉じた。
そのまま、じっと動かなくなる。
その様子を紗良里もただ見ていた。
やがてその目が開いた時、妖精はまた微笑んでいた。
いや、確かに微笑んでいるのだ。
なのに何故かそこには、殺気に似た鋭いなにかをも孕んでいるようだった。
「濁花は、青い薔薇を人間が求めた結果の花なんですってね」
「……そうよ?」
「なんでそんなに青い薔薇を欲したんだろうか。赤や黄色の花で、充分綺麗じゃないか」
「なんででしょうね……今となってはもう周りに青い薔薇は平気で存在するから、私には分からないわ」
「過去の人間達が青い薔薇を望んだせいで、現在たくさんの人が苦しんでるわけだ。それを憎いとは思わないんですか?」
その言葉に紗良里は少し考えるようにして、自分の手を見つめながら微笑んだ。
「私、ファンタジーが好きなの」
「知ってるよ」
「妖精さんには会うことができたけれど――鳥と話したり、ペガサスに乗ったり、雲の上に転がったり、虹の橋を渡ったりするのを今でも妄想するわ。……多分、そういうことなのよ」
「……?」
「えへへ、何言ってるんだが分からないわよね。言葉って難しいわ」
少し恥ずかしそうにそうやって笑ってみせると、紗良里は言葉を見つけながらぽつり、ぽつりとそれを繋げていく。
「きっと、青い薔薇がない時代の人達にとって、それはペガサスだったのよ。虹の橋だったの。私がペガサスを求めるように、その人達は青い薔薇を求めたのね。だから、そのことに怒ることなんて出来ないわ。濁花についても、それを作った人さえこんなことはきっと望んでいなかった。そう、ただの事故なのよ。濁花自身は好きになれないし、間違った存在だと思うけれど……それを作った人間を憎んだりは出来ないの」
その時、二重扉の手前のドアから息を詰まらせるような妙な声が、う、とだけ響いた。
驚いたような顔をする紗良里に、妖精は微笑みながら呟く。
「そうでなきゃ。……さすがですね、やっぱり敵いやしない」
満足そうに微笑んだ妖精が立ち上がってそのドアを開けると、そこには穂月が顔を押さえて泣きながら蹲っていた。