南柯と胡蝶の夢物語

穂月の両親は遺伝子学者であった。
青い薔薇を作ろうと、二人で熱心に研究を続けていたのだ。
よく、お腹の中の穂月にも声をかけていた。

「穂月が産まれるまでにきっと、完成させてやるからな」
「きっともうすぐよ。青い薔薇のお花畑をお庭に作りましょうね」

なのに彼らが作ってしまったのは、歪な白い薔薇であった。
どうやって誕生したのかは定かではない。
しかし気が付いたら、夫婦は濁花中毒者になっていた。
いい香りがする薔薇ができたと言って、花弁をすり潰して芳香水を作ったのだという。
なんだか楽しくなる、幸せになれる香りだと言って友人達にたくさん配っていった。
それからも夫婦はその良い香りの薔薇――濁花を作り続けていたのだが、そんな最中に穂月が産まれる。
まだ濁花の子どもについての副作用が分かっていなかった時代だ。
しかし、生殖細胞に影響をきたす濁花の害は、胎児にはほとんど影響はなかったらしく穂月は健全に育っていった。
濁花を切らしては作り続ける夫婦は、夢見心地でありながらも穂月に暴力を振るうこともなかったという。
しかし、穂月が僅か六歳の時だ。
まだ小学一年生だというのに、彼女の両親はいなくなったのだった。
最初は父親だった。
薬ですっかりおかしくなっていた彼は、ある日近所のビルから飛び降りているのが見つかった。
その葬式等を終えた後に、母親は行方を眩ませた。
机に濁花で儲けたお金が入っている銀行口座の通帳類と積まれた札束、震える字で『ごめんなさい』とだけ書かれた手紙を置いて。






親戚にはとうに見捨てられていた親を持つ穂月には、引き取り手もいなかったが、札束から一万札を一枚ずつ抜いて弁当などを買って過ごしていた。
色々苦労しながら生活を回していると、ある日テレビで濁花のことを知った。
濁花の子どもというのが問題になっていることも。
穂月の両親はいつもこの花は自分達が作ったのだと、その花に酔いながら自慢していたのもあり、小学二年生になった穂月はその子ども達に会いに行こうと決意する。
両親がその花を作りだすのも見てきた。
自分の親が濁花を作った人間で、彼らの親が濁花に酔った人間なら、自分は彼らに会いに行かなければと、何故かそう思ったのだ。

そしてその濁花の子どもが収容された施設で、穂月は紗良里や他の子ども達に出会う。
また、彼らは決して知らないことであるが、花を咲かせて施設を追い出された子達には『政府支援』としたお金で入院費や生活費を毎月払っていた。
両親が濁花を売って作ったお金で。
或いはそれを元手にして穂月自身が稼いだお金で。

そうやって彼女は罪を償おうとしていたのだった。

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