南柯と胡蝶の夢物語

そんな過去を持つ穂月は、自分についての詳しいことは語らずに、ただ自分の両親が濁花を作った人間だとだけ伝えた。
話を終えて、穂月はまた呟く。

「もっと、早く言うべきだったのは分かってたの……でも、怖くて。紗良里にも、施設のみんなにも絶対嫌われるって分かってたから……」
「私も、みんなも嫌いになんてなれないわ。外の世界をたくさん教えてくれた穂月のことをね。……でも、分からないわ。穂月はお父さんとお母さんが濁花を生み出したからって、それだけの理由で私と今まで一緒に居たって、そう言いたいの?罪を償おうと、それだけの為に?」
「違う!」

驚きに目を剥いて穂月は叫びながら立ち上がった。
ガタンと音がして、椅子が後ろに倒れる。
それを直しながら、穂月は少し決まり悪そうに座り直して、声を低めながら続けた。

「そんなわけがないじゃない。確かに最初施設に行ったのはその為よ。親が作った事態を見るべきだと思ったのよ。……何の事は無い、みんな普通――むしろ他の誰よりも『生きてる』子達だった。また会いたいって勝手に来たのはこっちだもの」
「なによりよ。穂月が来てくれることが私達の一番の楽しみで、外の世界を知ってそこに希望を持つことだけが生きる価値だった。……まだ施設には行っているの?」
「たまにね。前ほど毎日は行けなくなってしまったけれど。……でも紗良里みたいに事故をしてしまった子もいるし、自立して逃げ出した子もいる」

紗良里も半年前まで居たそこを思い出して、そっと息をついた。
そして、小さな小さな掠れた声で呟いた。

「……もう少しだから」
「え……?」

なんて言ったのかが聞き取れずに首を傾ける穂月に、紗良里は小さく頭を振って違うことを話し掛けた。

「ほら、いつまでもそんな低い悲しい声を出すのはやめて。ね、言ったでしょう?私は濁花を作った人間を恨んでなんかいない。むしろ私が恨んでいるのは、濁花に溺れながら男にも溺れて、私なんかを産んじゃったあの廃人よ」

遠くにその姿が見えているとでも言うように蔑んだ視線を空に向けて、紗良里はでも、と穂月に続けた。

「穂月のお母さんは、行方不明なだけでしょう?まだ生きてるかもしれないじゃない」
「そうね……」
「もう、居ないよ」

穂月の言葉を遮るように声をあげたのは、妖精だった。
二人の視線を受けて、妖精は続ける。

「でも、命はある」

首を同じように傾げて見せる穂月と紗良里に、妖精は首を竦めながら目線を逸らした。

「あの人、濁花を作ったことに後悔しまくって、泣いてたんです」

少しずつ、口を開きながら妖精は説明を重ねる。

「夫が死んで正気に戻ったって。どう償えばいいんだって。森の中歩きながらそうやって言ってたんだ。私はそれならと思って、いつも通りに依頼を持ちかけたんですよ」

息を吸って、

「『おいのち、取り引きしませんか?』ってね」

妖精はどこか、自嘲気味に笑った。

「なんのことはない、自殺したいんだって。縄も持ってきてたから首でも吊るつもりだったんですかね。だけどって、私に向かって『濁花の被害者が幸せになれるように使ってください』って、私に命を差し出したよ」

穂月が、信じられないというように呟いた。

「お母さん、そんなこと……」
「そうですね。私も本当に意外だったけど。しっかりした人間の決断って、神ごときでどうなるものでもないんだよね」

その時のことでも思い出したのか、空を見ながら微笑んで、妖精はその優しげな視線を紗良里に移す。
彼女の胸を示しながら続けた。

「なので、お母さんはここにいます」
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