南柯と胡蝶の夢物語
「だってね、恐ろしいじゃあないですか」
笑いながら妖精は続けた。
「人間を見ていると忘れそうになりますけどね、動物ってのはみんな殺戮者だ。生きるために、他の生き物を殺してその代わりに自分の子孫という新しい命を作り上げ、最期は食われるか土に還るかして自分が食われる側になるわけ。なら植物は平和でしょうか?植物だって土を殺して土に還り土を作るんです。他の連中に食べられたりしながらね。そういう恐ろしい食物連鎖から解放されるってのは素晴らしいことですよ。そう、私みたいに」
突然ぺらぺらと喋りだした妖精を、穂月はぽかんと見つめている。
その手に持たれた、下げようとしたお皿を見つめながら、妖精はなおも言葉を連ねた。
「フレンチトーストだって、鶏の卵と小麦と……まあよくは知りませんが色々なものの命を食らっているんでしょう?まあ、めまぐるしく廻るそういう命を上から眺めるっていうのはなかなか、快感なのですが」
「……さっきから、何を言っているのか良くわからないんだけど。まるで初めて会った時みたいじゃない。何が言いたいの?」
「別に?私にそんな、命を食らうような惨い真似は出来ないって話ですよ」
たっぷりと皮肉を含みながら放たれた言葉。
なのになぜだか穂月は怒ることが出来ずにいた。
――なんでそんなに、瞳が潤むの。
銀色の瞳が潤んでいるように見えて、穂月は少し声を低める。
「私は今、惨いことをしていたの?」
「やだなあ!違いますよ。だって、穂月は命あるものじゃないか。動物は食べないと生きていけない」
そこで妖精はほんの少しだけ眉尻を下げた。
「私は違う」
妖精は命を持っていないという。
無い物は尽きることもない。
ものを食べずとも、何をしようとも。
「命を生み出せもせず、死んで土に還ることもない私が、その必要もないのに命を食らうことなんてしちゃいけないでしょう?」
「……」
「……食べて、みたくはあるのですが」
惜しそうに呟いて、妖精は窓からそっと部屋を出た。
妖精は、生きても死んでもいないで、でもそこに意志を持って存在している自分を思う。
存在の始まりは四億年程前に確かにあったのだから、終わりだってあるはずなのだが、それがいつになるのかはさっぱり分からなかった。
人間もテレビも、動物も植物も、地形も地球も宇宙もどんどん変化していくこの世界で、妖精はいつも時間の流れに取り残されていた。
ただ、どの時代の自分もそこにある命を移動させているだけだ。
それ以外の行動をしていた記憶はほとんど無い。
しかも、それは依頼人の個人的な感傷であることが多く、自分が居なくても世界は回るのだということは常々分かっていた。
自分の他にも命無きものが同じように仕事をしているのかもしれないが、会ったことはないし、自分一人で出来ることなどほんの少しに過ぎなかった。
ずっと穂月のリビングに入り浸っていたって、ずっと紗良里の話し相手になっていたって世界は何も変わらない。
本当に嘲笑われるべき存在は自分なのだろうと、妖精は少し思った。