南柯と胡蝶の夢物語
「契約の……?」
「妖精さん……言っちゃだめじゃないの」
戸惑うように言う紗良里に、妖精は安心させるように笑ってみせた。
「いいえ、良いんです。もう、契約は完了させるから。紗良里の契約は『濁花を全滅させること』であって、紗良里自身がその器になることは含まれていない」
「……え?まさか」
「『容器』が見つかったんですよ」
声を失う紗良里と、意味が分からなくて首を傾げる穂月を交互に見ると、妖精は口を開いた。
「私はね、命の宅配みたいなことをしているだけなんです。だから、命を変形させることも消すことも創ることも出来はしない。だけど、濁花の全滅っていう契約を紗良里としたのは、世界中の濁花の命をね、全部人間の身体の中に入れるなんていう契約でして」
「……そんなこと、したら」
「濁花に身体を侵略されるかもしれないですね。ちゃんと人間としての命は私が預かっておきますから、人間の身体の中には濁花の命で満たされるわけだ。そこまでくれば、あとは濁花の寿命が満期を迎えるまで待つのみです」
妖精の話に、穂月は自分で自分を抱いてふるりとその身を震わせた。
「……その入れ物になる身体が必要だっていうのは分かったけど、それって……人間じゃないとだめなの?」
「ああ、これはまた随分人間らしい。他の生き物にも同じ命があるんだからどれを犠牲にしても同じでしょう?……まあ、これに関して言うと人間じゃなきゃだめなんですよ」
皮肉めいた笑い声をあげながら答えると、妖精は紗良里に歩み寄り、上体を起こしている彼女の隣になるようにベッドに腰掛けた。
細い指で、紗良里の顔に咲く薔薇を撫でながら続ける。
「この、濁花っていうのは人間がいないと生きていけない。生物ならなんでもいいっていうわけでも無いんですよ。濁花の命は、ジグソーパズルの凹と凸のように人間の命の形状にぴったり当てはまる」
「……だから、その役割を紗良里がするって言うの……?」
穂月の言葉に妖精も何も言わずに、ただゆっくりとした手つきで紗良里の顔に咲く濁花を愛でるように撫でていた。
しばらく時が止まったかのような静かな時間が続いたが、紗良里がふふ、と小さな笑い声で止まった空気を震わせた。
「濁花を撫でられても感覚が無いのが残念ね。……なんだか妖精さんのお陰であまりこの花を嫌いになれなくなっちゃったじゃないの」
「いいことじゃないか」
「良くなんて、ないわ。私はこのお花を消すために死ぬんですもの」
「言ったでしょう?『容器』は見つかったって」