南柯と胡蝶の夢物語

「……嘘つきね」

紗良里は悲しそうに、そしてどこか怒っているかのように言葉を吐いた。
一方穂月も、ため息をつく。

「様子が変わりすぎよ」

それぞれの反応を受けた妖精はそれらの言葉を笑い飛ばした。

「嫌だなあ、本当。嘘なんかついていませんよ。嘘ついて何になるんですか」
「分からないけど……」

穂月はそこで言葉を切る。
それを見た妖精はほらね、と肩を竦めてみせた。

「確かにあなた達は納得いかないかもしれないですが、死にたくて仕方がない人がいるんですよ。それでいいじゃないですか」
「分からないわ」

諭すように言葉を綴る妖精を遮りるように、紗良里は細く高い声を挙げた。

「分からないわ」
「何が分からないんです?」
「現実から逃げたくて自殺を選ぶ人が、そんな半分生きているような痛いか辛いかも分からない、中途半端な状況なんて選ばないと思うもの」

首を傾げる紗良里に、妖精は視線を落とした。
息を一回吐いて、首を振りながら小さな声で言う。

「大丈夫ですから」

それが穂月には自分自身に言い聞かせたような言葉にも聞こえて、つっかかる気持ちを覚えた。
そして、控えめながらに身を乗り出して妖精の瞳をじっと見つめた。

「まさか、あんたがどうにかなる、なんてこと無いわよね……?」

息を呑むような音がした。
紗良里のものか妖精のものかは分からない。
両方かもしれなかった。

「……そんなことないに決まってるじゃないですか」

若干震える声でそうやって言う妖精になにかを確信したのか、紗良里は急にほろほろと涙を流し始めた。
紗良里の涙に妖精は更に慌て始める。

「そんな、いやだな……泣かないで下さいよ」

紗良里の背中を撫でる妖精に、穂月は縋るように言葉をかけた。

「ねえ、お願い……教えてよ。どうするつもりなのかを」

真剣な穂月の声に妖精は一瞬だけ呼吸を止めて、瞳を揺らした。
何かに迷うように視線を彷徨わせて、瞼を閉じて押し黙る。
かなり長い時間が過ぎたが、やがて妖精はそっと口を開いた。

「まあ、つまり……私が『容器』になろうかと思ってさ」
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