南柯と胡蝶の夢物語
そこまで言うと、白い薔薇に朝露のように涙を乗せながら泣きじゃくる紗良里の頭をぽんぽんと叩いて、妖精は立ち上がった。
「そろそろ行きますよ」
涙でぐしゃぐしゃになった紗良里ににこりと笑いかけて、妖精は窓枠に手をかける。
「もうこの世の中に神はとっくに必要なかったみたいですね」
ぽつぽつと少しずつ、妖精は遺言を残すかのように呟いた。
窓の外に向けられた顔は、二人からするとよく見えなかった。
何を思ってそんな言葉を吐いているのか、そんなことが確かめたくて穂月は妖精の名を呼ぼうとするが――そんな名前は知らないのだ。
呼び止めるような名前は。
「人間が神になったこの世の中には、ね」
その言葉を最後に妖精は羽ばたいて外に行ってしまった。
と、その瞬間青い翼から生み出された風とともに水滴が飛び散って穂月と紗良里の頬を濡らした。
それに紗良里は更に大きな声でしゃくり泣くのだった。
穂月の胸の中で、白い髪を揺らしながら。