たかしと父さん
主人公が30代で一人娘を高校に入れたころ
「お父さん行ってくるね。」
「・・・行ってらっしゃい。」

娘は真新しいブレザーの制服で玄関に降り立った。そして、穏やかな表情のままで振り向く。

「そうだ、お母さんにも。お母さん、行ってくるね!」

娘は玄関の靴箱の上に置かれた、亡くなった妻の写真に笑顔でそう言うと、アパートの玄関を開けて勢いよく出て行った。私自身は平凡な人間であり続けたのに、私の妻は人生の最も美しかった季節に、私の恋を成就させて、私を最初で最後の恋人に選んでくれて、それから逝ってしまった。私が妻と初めて出会った、その年齢に娘が成長した。きっとこれからも人生は続いて行くのだろうがなんだか一段落した気がした。

「一段落か」

声に出すと、ゆっくりと涙が流れた。もう泣くまいと決めていたのに、不意に流れた涙に自分でもぎょっとした。・・・まあ、誰も見ていない。今年も春がやってきた。
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