たかしと父さん
もし、もう一度最初から読むならばこの章は開かないで
もし最初から読み直すならばこの章は開かなくてもいい。





























僕は娘の結婚式を見届けると、過去の約束を果たしに行くことにした。

僕の母校であり、娘がつい先日まで通っていた高校を尋ねた。ありがたいことにお目当ての人物は春休み前の学校に残っていた。

「娘の夫の新田くんが『娘のことを教えてくれる』と言っていたのを僕に話してくれまして。それで・・・まあ、親バカですが。娘は学校でどんな風だったのかお聞かせ願えたらと思いまして。」

女性は僕と同じぐらいの歳だろうか。よくぞまあ、こんな人を捕まえて昔「ババア」だなんて思ったものだと、自分に呆れながら丁寧に尋ねた。

「全然、面白くないですね。」
「・・・というと?」

女性は誘うように足を組み替えた。多分わざとだ。気付かなかったが、こいつは魔性の女だ・・・と思う。

「私はあなたの義理の息子さんに何かを言ったつもりは全然なくて、アンタに言ったんです。『いつか、あんたが見てない間、篠宮がどんな風だったか教えてあげる』って。」

僕はとんでもない声を出した。

「う・・・うそつけ!あれから・・・えっと20年はたってるぞ!!」
「違います、18年しかたってません。」

僕は指折り数えた。

「やっぱり20年経ってるって・・・まあ、たいした違いじゃないけど。うっわー、すげえな・・・若さの秘訣とかあるの?」
「まだわかってない・・・」

保健室のババアは苛立つように席を立った。

「あなたこの作品の主役でしょ!?ヒロインは誰だったの!?」

僕は驚いて声を荒げた。

「ちょっと何?先生、なに訳のわかんないこと言ってるの!」
「あんたの使ってる携帯、在学中から同じ奴よね?」
「うっ!」

細かい。

「もうとっくに気づいてるはずでしょ?あなたかこの世界かどっちかがおかしいって!」
「俺は普通に歳を取ってるだけで・・・」
「その、『普通に歳を取ってる』って言い方はつまり『普通に歳を取って』ないものがあるって気付いちゃってるのよね!?あなたのスマホもそう、駅前の景色もそう!私のことも『毎回新しい人が入れ替わってる』ってそう思ってたんでしょ。」

そこまで知ってるのか、この女。

「じゃあ、なんで・・・なんで僕のこと覚えてるんだったら、僕が娘の『さら』を入学させたときに、声かけてくれなかったんだよ・・・新しい『たかし』にも・・・」

保健室のお姉さんは悲しそうな顔をした。

「だって、それを全部知ってて配役の皆さんにばらしちゃったら・・・私がこの作品の中にいれなくなっちゃうじゃない?」

そうなのだ、それこそ僕が義理の息子の『たかし』に洗いざらいぶちまけない理由なのだ。なんだか世界・・・というか舞台が壊れる気がして・・・そこから、自分が取り除かれそうな気がしてならなかったのだ。要するに空気読んだわけだ。

「・・・あなたの奥さんが亡くなった時、あなたの奥さんは作品から退出したって考えたことは無いの?」
「・・・はい?」
「あなたがいなくなっても代わりの『たかし』がどんどん出てくるんでしょ?あなたの奥さんが・・・あなたの『さら』が亡くなった時、単に作中で『死んでいなくなった』だけで、『さら』を演じた役者は生きてるって考えたことは無いの!?あなただってもう、作中から消える人物でしょ!?もうどこで何してもいいわけじゃない!!」

僕は必死で頭を整理していた。昔も一度こんな風に頭の中でピースがはまっていくような感覚があった。その時は悪い方へ悪い方へと・・・でも今回は違う。彼女はじれったい声を出した。

「あなたの奥さんだった人は『さら』を産んで、死ぬ役目を演じ終わった後に・・・まあ、この世界的に言うと実際に死んだんだけど・・・また何かの役目で戻ってきてる可能性を考えたことは無いの!?」

そんなことを言われても、そんなこと考えたことすらない。何度も何度も人生の中で「あいつが生きてたら」と思ったことはあったけど、そんな風に考えたことは無い。・・・一度だってない。

「・・・無い。」
「『二人で帰ろう』って言ってくれたじゃない!」

僕は僕の腕やら袖やら首やらを掴まれてがくがく揺さぶられて、電信柱みたいになっていた。

「言ったけど・・・それをどうして保健の先生のあなたが・・・」
「もぉー・・・まだ、わからんか、高志!この呼び方する人世界に何人いる?あたし最後になんて言った?『ありがとう、愛してるよ』って言わなかった?どうしても、最後にそう言ってお別れしたくて・・・」
「・・・言った・・・確かに言った!」
「高志ぃ・・・」

白衣に身を包んですっかり大人の女性になった彼女は・・・僕にすがりついて泣き崩れたんだ。

「なんとなく途中で分かってたんだ。なんとなく途中から分かっていたんだけど・・・信じるのが怖かった。失ったものがもう一度帰ってきたと信じて、それが幻想だった時に・・・も・・・もう一度傷つくのが・・・怖くて・・・」
「ごめん高志・・・ずっと黙ってた・・・高志・・・18年間、高志の出番が終わるまで戻ってこれなかったぁ・・・苦しかったぁ・・・」
「・・・うん・・・うん!」

いつしか乱視が進んでメガネをかけるようになった僕の、メガネのレンズの内側で涙があふれる。

「沙良・・・二人で帰ろう!アパートもう別の『たかし』と『さら』にあげちゃったけど・・・どこでもいいんだ、二人で帰ろう!!」
「私、高志と行ってみたかったところ沢山あるんだ!!」
「行こう!!行きたいトコ、どこでも行こう!!」

そうして、僕は娘の結婚式に貯金を使い果たしてすっからかんだったので、再会した保健室のお姉さんにラーメンとエビチリをおごってもらった。
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