たかしと父さん
高木の章
自分が居眠りしていることに気付いていなかったけど、目が覚めたときに「居眠りしていた」と気付く感覚と書いて理解していただけるだろうか。私はそのようにして目覚めた。篠宮沙良の一生は目覚めてみると一時に見た夢のように感じた。私自身は高木沙良という別の人格であることも自覚していた。平均的な家庭に生まれ、養護教諭をめざし、今日はたまたま地元の大きな病院へ来ていただけのことだ。そこの控室で座ったまま居眠りをした間に、どうも今の夢を見たのだと、リアルな夢だったと考えてそうになっていた。しかし、手術棟の親族控室から泣き崩れた高志が出てきたのを目撃した瞬間、あまりの愛おしさに胸が張り裂けそうになった。その時、私が「たかしとさら」の物語の最も重要な配役「ヒロイン」であったことを理解したのだ。そして、ヒロインであった「篠宮沙良」の肉体はもう死んでいて、帝王切開で取り上げられた女児こそ、次のヒロインの「さら」なのだと。高志に駆け寄って声をかけようとしたが、そうしようとした瞬間、自分の中に越えがたい壁がそびえているのを感じた。今の自分の立ち位置について考えさせられる。私はこの「作品」から放り出されたわけではなく、新しい配役についたのだと悟った。自分の役割が何なのかはあっという間に分かった。「養護教諭の高木」だ。それを自覚すると、養護教諭の高木が私が篠宮沙良であった頃に、篠宮沙良の良き隣人であって、多くの局面の目撃者足りえたことが全く理解できた。養護教諭「高木」は女子高生「さら」をコントロールして正解へ導く役目だったのだ。「高木」は「さら」のシナリオを全部知っている。病院のトイレへ駆け込むと自分の姿を見た。髪型も違う。服装も違う。メイクの傾向も違う。そして、こちらの私は「篠宮」があまり履かなかったヒールを履いていた。こうやって、「篠宮」だったころの私までもが騙され続けていたのだ。急に娘の「さら」は無事に生まれたのかが気になりだした。高志がいた方を見回すと電話をしているのが見える。後ろから近付いて会話を盗み聞きする。
「姉ちゃん?・・・産まれた。・・・女の子。・・・沙良はだめだった・・・。」
沙良がダメだった話を聞いて情けないやら泣きたいやら、でも女の子が産まれたと聞いて心の重石がゴロンと取れた。すぐにでも見に行きたかったが、間違いなく新生児集中治療室にいるのだろう。親族でも特別な許可がないと入れない。新生児室に移るまで待たないといけない。でも、私の記憶だと沙良はすぐに母と同じ難病が発見されてしまうため、どれほどの期間、集中治療室にいるのか分からない。当然、自分の生まれた直後の記憶は辿れない。とりあえず、高志を尾行だ。高志はすたすたと新生児室に向かっていく。高志の後をついていくとなんとそのままガラス越しに対面できてしまった。小っちゃくて可愛い手は奇跡のように指が5本ずつついている。あんなに小さいのに。あんなに細いのに。疲れているのだろうか、あおむけの状態でゆっくりと胸を上下させて眠っている。ピンクの名札に「篠宮」と書いてある。ガラス越しにその姿を見る高志の横顔は、何があろうとも一人で育てる決意に痛いほど満ちていた。娘が泣き出した。沢山の新生児がいる部屋の中でスタッフが機敏に行き交う。しかし「さら」の家族は誰もいない。それをガラス越しに見る私は母乳すら出ない、ただ「高木」と言う名前の大学生だった。高志が私に会釈してその場から離れて行った。私も思わず会釈を返す。その後に流れた涙は、会釈を返した自分が憎くて流れた涙か、それとも娘との意外な再会とその将来を思って流れた涙か、それすら分からなくて私は泣き続けた。
「姉ちゃん?・・・産まれた。・・・女の子。・・・沙良はだめだった・・・。」
沙良がダメだった話を聞いて情けないやら泣きたいやら、でも女の子が産まれたと聞いて心の重石がゴロンと取れた。すぐにでも見に行きたかったが、間違いなく新生児集中治療室にいるのだろう。親族でも特別な許可がないと入れない。新生児室に移るまで待たないといけない。でも、私の記憶だと沙良はすぐに母と同じ難病が発見されてしまうため、どれほどの期間、集中治療室にいるのか分からない。当然、自分の生まれた直後の記憶は辿れない。とりあえず、高志を尾行だ。高志はすたすたと新生児室に向かっていく。高志の後をついていくとなんとそのままガラス越しに対面できてしまった。小っちゃくて可愛い手は奇跡のように指が5本ずつついている。あんなに小さいのに。あんなに細いのに。疲れているのだろうか、あおむけの状態でゆっくりと胸を上下させて眠っている。ピンクの名札に「篠宮」と書いてある。ガラス越しにその姿を見る高志の横顔は、何があろうとも一人で育てる決意に痛いほど満ちていた。娘が泣き出した。沢山の新生児がいる部屋の中でスタッフが機敏に行き交う。しかし「さら」の家族は誰もいない。それをガラス越しに見る私は母乳すら出ない、ただ「高木」と言う名前の大学生だった。高志が私に会釈してその場から離れて行った。私も思わず会釈を返す。その後に流れた涙は、会釈を返した自分が憎くて流れた涙か、それとも娘との意外な再会とその将来を思って流れた涙か、それすら分からなくて私は泣き続けた。