たかしと父さん
父は姿を見せなくなったと散々書いておいて、「今さら」と思われるかもしれないが許してほしい。実際、篠宮沙良として見た最後の父は、まぎれもなく結婚式の後、アパートからタクシーで去っていく父だったのだ。本当のところ高木沙良になってしまった時点で血の繋がりは断たれている。でも、私はおせっかいな父母のおかげでほんの少しだけ未来を垣間見ることができた。欲しかった答えは全て貰ったのだと思う。年が明けるとすぐに辞表を提出した。年度末でこの学校を去るというと特に惜しまれもしなかった。
「はい、はい、そうなりますね!確かにお受け取りしました!・・・いやー、先生のお力添えがあって本当に助かりました。・・・篠宮の事、卒業までよろしくお願いします!」
「は・・・はい。」
要するに学校にも私は難病を持った篠宮さらの受け入れのためにやってきた人間だと思われていたわけだ。確かに、そのラインで人事がプッシュされた点は認めるが、その間の一般的な養護教諭の業務が評価されていないように感じて少し癪だった。もうちょっと惜しまれるかと思っていた。私が辞表を出した頃、学校の机に結婚式の招待状が届いていた。そういわれてみると先生の住所を調べる方法がなく、仕方がないので職員室にまとめて招待状を出しにいった覚えがある。
「お父さんにも話してあるけど、この日、結婚式場までついて行ってあげるから。」
「ありがとうございます。」
この頃になってくると篠宮さらはだいぶ腰が低くなってきた。大人に近づいているんだと感じた。言いたいことはたくさんあったけれど、何も言わないのがベターだろう。
「結婚式行く途中で倒れるわけにいかないからね。」
そんな危機は別になかったのだが、私自身は当日がちがちに緊張していたので、先生が横にいて助かった覚えしかない。そんなことも昨日の事のように思い出していた。篠宮さらが大人になればなるほど、私、高木沙良との容姿の違いがはっきりしてきた。高木沙良として覚醒した瞬間、てっきり同じ顔かたちで生まれてきたと思ったのだが、私はあくまでも産まれも育ちも高木家の人間だった。「他人の空似」程度だった容貌が今では「雰囲気だけちょっと近い」程にまでかけ離れている。今まで、故意に篠宮さらとイメージがかぶらないようにしていたのだが、あわてて篠宮さらの方向へイメージチェンジの舵を切った。
「先生、雰囲気変わったね!」
本当は見せたいのは篠宮父である高志なのだが、まあ、卒業式ぐらいまで会う機会がない。しかも、高志がおぼえている最後の私は19才の時の私だ。
「自信・・・ないなぁ・・・」
37歳の悪あがきだ。自宅の鏡の前であーでもないこーでもないしていると着地点はとうとう見えなくなった。別にフェミニズムでも何でもないが、男はズルい。高志は40才に近づいて益々男に磨きをかけているのに、私の方は独身の絵にかいたような行き遅れの年増で、磨きをかけるのは小ジワばかりだ。
「ずっるーい!」
気付いてもらえるのだろうか。私が沙良だということに。私は再び高志の生涯の伴侶となれるのだろうか。
卒業式の日、私はイメージチェンジした自分の姿を一目見せたくて、篠宮高志を探した。名目上は結婚式直前の確認事項があるといったものだが、とにかく、自分の今の姿を印象付けたかった。卒業式が始まる直前に篠宮さらのクラスの担任と一緒にいるところをやっと見つけた。お互いに仰々しく頭を下げあっている。
「篠宮さん!」
篠宮高志はすぐに私だと気づいた。
「ああ、高木先生。ウチの娘がお世話になりまして。3年間だいぶご迷惑おかけしました。」
「ああ、いえ、まあ。」
そんな事じゃないんだ。気付いてほしいのはそんなところじゃなんだ。気付けという方が無茶だとは分かっているんだけれども、ほんの少しでも気づいてほしいんだ。・・・そうこうしているうちに式が始まるそうだ。私は何ともいえない気持ちで卒業式に出席すると、式の終わりとほぼ同時に篠宮高志に駆け寄った。
「僕、もう式場に向かいます!先生、さらの事、よろしくお願いします!」
「え、あ、はい!」
結局、何も言って貰えずじまいだった。高志にとっては自分の一人娘の結婚式の日だ。まさか、そんな日に養護教諭に色目(?)を使われているなんて思いもしないだろう。
「先生!タクシー来てる!」
「は・・・はい!」
そう、篠宮さらをお世話する役目が今日の私にはあるのだ。結局、篠宮さらに母親として名乗り出ることは叶わなかったけれど、晴れの日に送り出す役目はいただけたのだ。誰かに促されてタクシーにさらを乗せ、自分も乗り込む。
「お願いします。」
タクシーが校門から滑り出した。
「篠宮さん大丈夫?」
篠宮さらは額に薄く汗をかいていた。
「大丈夫です。」
見かねてハンカチで抑える。
「ありがとうございます。」
タクシーの運転手がエアコンを強くした。車内にタクシー独特のにおいと冷気がほんのりと広がる。窓の外は割と見慣れたこのあたりの街の景色だが、今日はなんだか特別に見えた。
「はい、はい、そうなりますね!確かにお受け取りしました!・・・いやー、先生のお力添えがあって本当に助かりました。・・・篠宮の事、卒業までよろしくお願いします!」
「は・・・はい。」
要するに学校にも私は難病を持った篠宮さらの受け入れのためにやってきた人間だと思われていたわけだ。確かに、そのラインで人事がプッシュされた点は認めるが、その間の一般的な養護教諭の業務が評価されていないように感じて少し癪だった。もうちょっと惜しまれるかと思っていた。私が辞表を出した頃、学校の机に結婚式の招待状が届いていた。そういわれてみると先生の住所を調べる方法がなく、仕方がないので職員室にまとめて招待状を出しにいった覚えがある。
「お父さんにも話してあるけど、この日、結婚式場までついて行ってあげるから。」
「ありがとうございます。」
この頃になってくると篠宮さらはだいぶ腰が低くなってきた。大人に近づいているんだと感じた。言いたいことはたくさんあったけれど、何も言わないのがベターだろう。
「結婚式行く途中で倒れるわけにいかないからね。」
そんな危機は別になかったのだが、私自身は当日がちがちに緊張していたので、先生が横にいて助かった覚えしかない。そんなことも昨日の事のように思い出していた。篠宮さらが大人になればなるほど、私、高木沙良との容姿の違いがはっきりしてきた。高木沙良として覚醒した瞬間、てっきり同じ顔かたちで生まれてきたと思ったのだが、私はあくまでも産まれも育ちも高木家の人間だった。「他人の空似」程度だった容貌が今では「雰囲気だけちょっと近い」程にまでかけ離れている。今まで、故意に篠宮さらとイメージがかぶらないようにしていたのだが、あわてて篠宮さらの方向へイメージチェンジの舵を切った。
「先生、雰囲気変わったね!」
本当は見せたいのは篠宮父である高志なのだが、まあ、卒業式ぐらいまで会う機会がない。しかも、高志がおぼえている最後の私は19才の時の私だ。
「自信・・・ないなぁ・・・」
37歳の悪あがきだ。自宅の鏡の前であーでもないこーでもないしていると着地点はとうとう見えなくなった。別にフェミニズムでも何でもないが、男はズルい。高志は40才に近づいて益々男に磨きをかけているのに、私の方は独身の絵にかいたような行き遅れの年増で、磨きをかけるのは小ジワばかりだ。
「ずっるーい!」
気付いてもらえるのだろうか。私が沙良だということに。私は再び高志の生涯の伴侶となれるのだろうか。
卒業式の日、私はイメージチェンジした自分の姿を一目見せたくて、篠宮高志を探した。名目上は結婚式直前の確認事項があるといったものだが、とにかく、自分の今の姿を印象付けたかった。卒業式が始まる直前に篠宮さらのクラスの担任と一緒にいるところをやっと見つけた。お互いに仰々しく頭を下げあっている。
「篠宮さん!」
篠宮高志はすぐに私だと気づいた。
「ああ、高木先生。ウチの娘がお世話になりまして。3年間だいぶご迷惑おかけしました。」
「ああ、いえ、まあ。」
そんな事じゃないんだ。気付いてほしいのはそんなところじゃなんだ。気付けという方が無茶だとは分かっているんだけれども、ほんの少しでも気づいてほしいんだ。・・・そうこうしているうちに式が始まるそうだ。私は何ともいえない気持ちで卒業式に出席すると、式の終わりとほぼ同時に篠宮高志に駆け寄った。
「僕、もう式場に向かいます!先生、さらの事、よろしくお願いします!」
「え、あ、はい!」
結局、何も言って貰えずじまいだった。高志にとっては自分の一人娘の結婚式の日だ。まさか、そんな日に養護教諭に色目(?)を使われているなんて思いもしないだろう。
「先生!タクシー来てる!」
「は・・・はい!」
そう、篠宮さらをお世話する役目が今日の私にはあるのだ。結局、篠宮さらに母親として名乗り出ることは叶わなかったけれど、晴れの日に送り出す役目はいただけたのだ。誰かに促されてタクシーにさらを乗せ、自分も乗り込む。
「お願いします。」
タクシーが校門から滑り出した。
「篠宮さん大丈夫?」
篠宮さらは額に薄く汗をかいていた。
「大丈夫です。」
見かねてハンカチで抑える。
「ありがとうございます。」
タクシーの運転手がエアコンを強くした。車内にタクシー独特のにおいと冷気がほんのりと広がる。窓の外は割と見慣れたこのあたりの街の景色だが、今日はなんだか特別に見えた。