君の名を呼んで
「俺が大部屋に移るよ。蓮見、そっち使えば」

朔がそう申し出て、その場に居た全員がこちらを見た。

「いや、だって二ノ宮さんは……」

ADが言いにくそうに口を開く。

この作品で朔は主役級の役を務める。
そんな相手に個室を譲れなんて言いにくいに違いない。

「いいよな、雪姫」

そう言ってこちらを見る朔に、私は頷いた。

「朔が良いなら」

「宜しいんですか?」

さすがに決まり悪かったのか、蓮見君のマネージャーは朔の顔色を窺うように問う。

「構いませんよ。部屋が大部屋だからって、俺は演技の質が変わるわけじゃありませんし」

にっこりと言い切った朔の、今思えばあれは痛烈な皮肉だったのかしら。
マネージャさん、顔引きつってたもんね。
でもまあそれで現場は丸く治まり、蓮見君自身は特に不満を言うことも無く、マネージャーさんの小さな訴えはいくつもあったけれど、全体的には問題なく進んできたと思う。


でも、それから蓮見貴雅は、いやに私に関わるようになったのよね。
あからさまに“懐いてる”状態で、マネージャーさんには嫌そうに睨まれたりもするんだけど、かといって現場に顔を出さないわけに行かないし。

朔には私と同期の男性マネージャーがついていて、私はすずの担当なんだけど、映画に関してはほぼ一緒に出るシーンばかり。
なので便宜上、ふたりがかりで二人を担当するって形になっていて、映画の現場には交代で入ることもある。今も朔のマネージャーは次の仕事の手配をしに出ている。だからここを離れるわけにもいかなくてーー結果、蓮見君に捕まる羽目になるってわけだ。


一度それとなく、蓮見君に私を構う理由を問えば、彼はあの日のことを口にした。

「朔の判断に任せるよ、ってそう言った雪姫さんが凄く格好良かったんだ」

「……ええと、そこは部屋を譲った朔ではなく?」

感心ポイントがずれてないか、この子。

「俺はまわりにそんな風に信頼してもらったことないから、二ノ宮朔が羨ましかった」

そんなものなのかな。
私と朔やすずとの距離は、BNPで真野社長と城ノ内副社長に育てられて培ったものだけど。
この子は、信頼できる人はいないのかしら。
そう思えば、彼に少しだけ同情した。
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