君の名を呼んで
何かあったら、大声出してねとすずが言って。
私は蓮見君と建物裏にやって来た。
裏と言っても機材がそこかしこに置かれた通路ではあるし、完全な死角でもない。けれど話し声は聞こえない場所。


「雪姫さん、ごめん」


そこに来たとたん、蓮見君が頭を下げた。


「謝って済む問題じゃないけど。俺、本当に雪姫さんのことが好きで、社長に色々けしかけられてヤケになってたっていうか」

唇を噛み締めて、言う。

「今なら馬鹿な事したってわかる。雪姫さんを傷付けるつもりじゃなかったんだ」

言葉を重ねる蓮見君は、嘘を言っているようには見えない。

「って、言い訳ばかりだよね。格好悪い」

「信じるよ」


あの瞬間に揺れる瞳を見てしまったから。
確かに、一瞬ためらう蓮見君を見たから。

だから、あの時の彼の気持ちを確かめたかった。
ひどい人だって切り捨てる前に、もしかして彼自身も苦しんでるんじゃないかって、そう思ったから。


私の表情を見て、蓮見君は複雑そうに笑った。

「美倉にも怒られた」

「舞華さん?」


あの日、個室から逃げ出した蓮見君を見ていた舞華さんは、後から蓮見君を問いつめたそうで。

『馬鹿、クズ、最低。ツメが甘いのよ。やるならちゃんと、梶原雪姫をあなたに惚れさせてからになさい。それじゃ皇がますますあの女を手放さないじゃないの』

と言ったとか。

なんだかわかりにくい舞華さんの優しさ。
でもわざわざ蓮見君を追って行って叱るくらい、心配してくれてたんだ。

「撮影で会った時には全然そんな素振りなかったのになあ」


でもきっと、お礼なんて彼女は嫌がるだろうから、私の胸にしまっておこう。
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