君の名を呼んで
私は指一本動かせずに、ただ帝さんの深い深い瞳を見つめていた。
さっきまでの嘲りの色も、怒りも、哀しみも、何も感じない、深い色。
それはずっと前の、名前を呼ぶなと言っていた頃の城ノ内副社長によく似ていた。

「帝さんも、堕ちてるんですか?」

闇の底に。
皇を傷つけるその目で、自分にも傷をつけているの?


「雪姫ちゃん、何か勘違いしてない?」

帝さんはクスリと笑って私を覗き込んだ。

「同情?
俺がほんとはいい人かも~とか、傷つきやすい人なのね~とか、そんなおめでたい考えでいるなら、今すぐ甘ちゃんな自分を後悔しな」

そう言って、私に顔を近づける。

「嫌っ」

顔を背けようとしたら、後頭部を掴まれた。
無理矢理に前を向かされる。
帝さんは私の表情を愉しむかのように笑った。

「ほんとに、純粋でお人好しで可愛くて馬鹿な白雪姫。そこにあるのが毒リンゴだとも知らないで」

「それでも」

私は震える唇を無理矢理開く。


「あなたは皇の兄です。私の大好きな人の、大事な人なんです」


帝さんの冷たい目が、更にキツさを増した。

「そんなんじゃ、つまらないな」

後頭部と顎を掴む力が強まり、

「痛い、です。帝さ……」


呼びかけた名は、押し付けられた唇の中に消えたーー。
< 218 / 282 >

この作品をシェア

pagetop