君の名を呼んで
***

「またか」

帰宅途中の車の中で、朔は苦笑い。
彼と親しくなるにつれて、私はいつしか、朔に恋愛相談するようになっていた。

「もう諦める!絶対あんな男、嫌いになるんだからああ!」

「うん、それ毎日聞いてるし。だから俺にしな、雪姫」

「それは無理ぃぃ!!」

ここまで“いつもの会話”なんだ。
ハンドルを握りしめたまま雄叫びをあげるのも、もはや日課になっている。
朔がよく付き合ってくれるからかもしれない。

「何だよ、今をときめく超人気俳優に向かって」

「だからだよ」

私はバックミラー越しに朔を見た。
ほら、また台本を読んでる。
付箋紙と書き込みがいっぱいの、ボロボロの台本。

「朔は今が大事な時だもの。マネージャーとしては、女にうつつを抜かしてもらっては困りますよ~?」

冗談めかして言ったなら、朔も笑って頷いた。
そうしていつも通りに私たちは、お互いの話しや仕事の話をして。
朔のマンションに着くと、車を降りて彼を送り出す。


「じゃあね、また明日……きゃっ」

振り返ろうとした足が、何かにつまずいた。
支えきれなかった視界が傾く。

「おい!」

とすん、と。
転ぶはずだった私は朔の胸に庇われて。

おお、さすが男性だ。
なあんて呑気に考えていた。

「大丈夫?」

「うん、ありがとう」

朔を見上げたなら、彼は私の背中を支えたまま、ゆっくり口を開いた。


「雪姫、もし本当に、城ノ内さんを忘れたいなら――」


そんな言葉が聞こえて。

「ん?」

聞き返した私の頭を、朔がぽん、と軽く叩いた。

「いや、また明日な」

「うん!お疲れ様でした!」

いつもと同じだと思っていた、彼とのやりとり。

まさか、あんなことになるなんて。


このときの私は全く気がついていなかった。
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