君の名を呼んで
とーー

ふわりとあたしを抱え込んだ、男の人の腕。
清涼感のある、柔らかな香り。

驚いた顔の女は、けれど勢いが止まらなかったのか。
バッグはその腕に当たって床に落ちた。


「それは、さすがに無しだろ」


いつもとは違う、厳しい声。
あたしの腕ごと、後ろから頭を抱え込んで庇ってくれたのは、


「二ノ宮、先輩……」


二ノ宮朔、だった。


まるで、ヒーロー登場。
乙女の胸キュンポイントだけど。

ああ今はちょっと、見られたく無かったな。
同期と上手くやれなくて、喧嘩してるなんてガキっぽいあたしを。


「ーーに、二ノ宮さん、すみません!」

さすがに事務所ナンバーワンを叩いてしまったら、まずいと思ったのか。
相手の女は悔しそうに彼に謝る。

「いいから、もうこういうのやめろよ」

彼女が去って行ってから、二ノ宮朔はあたしを見下ろした。


「顔守ったのは偉いけど。そもそもお前正直すぎ。適当に流しとけよ、あんなの」

「一体いつから見てたんですか」


ますますいたたまれなくて、なんだか可愛くない物言いになってしまったあたしから離れて、二ノ宮朔は言った。

「観たよ、CM」


彼も、言うんだろうか。
皆と同じように。

『綺麗』だってーー。



「お前、演技上手くなったじゃん。頑張ったな」


「……!」



気が付いたら、涙が頬を伝っていた。
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