君の名を呼んで
side 皇


イラつく。何もかもが気に入らない。
増える一方の煙草を灰皿に押し当てて、社長室のデスクに脚を乗せた。

何でだ?
俺は名前を呼ばれたことにイラついているのか。


――否。

雪姫が“こうなるとわかっていて、俺の名前を呼んだ”ことが気に入らないのか。

「俺と別れたいって意味かよ」

けれど、自意識過剰でなければ、あの時の雪姫の顔はそんな感じでもなかった。

それともアイツは“自分だけは違う”と。

俺の名を呼んでも、他の女のように拒絶されることはないとでも思ったのか。
……そんな浅はかな女ではないと思っていたのに。

ムカつく。

雪姫自身にも、雪姫を拒否せずにいられなかった自分にも。
もう反射的にシャットアウトするのが癖になっているせいもある。

あの瞬間、聞くな、と保身に走る自分を、制御出来なかった。
けれどこんなにイラつくのは初めてだ。


ふとガラス越しに雪姫を見れば、彼女は携帯で話をしていて。
みるみるうちにその顔色が変わる。

(なんか、トラブルか?)

その瞳がこちらを見たのに、とっさに見なかったフリをした。
大人げないとはわかっているがーー本当に問題が発生したなら報告に来るだろ、なんてそんな風に自分をごまかして。


けれど雪姫はそのままオフィスを飛び出していく。
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