君の名を呼んで
説得やごまかしが効く相手じゃない。
一瞬で頭を巡るのは、過去彼の不興を買って潰された、タレントやプロダクション。


それなら、私は私なりのやり方であの人を守ってみせる。


「私が代わりにお話を伺います。
……ご不満ですか」


相手をじっと見つめて、意味深なまばたきをして。
レストランの柔らかな灯りの下でワザとゆっくりと、微笑んでみせた。


私だって、私の使い方をそれなりには知ってる。

ふ、と緩めた口元に、相手の目が吸い寄せられたのを確認して。
その手が部屋の鍵を掴んだのを、視線だけで追った。


……この先に進めば、もう、戻れない。

愛おしいあの人のところへは。

何かが、音を立てて壊れた気がした。


……ホントに、夢だったのかもしれないな。

城ノ内副社長が一時でも私を好きになってくれて、彼の腕の中は、なんだかんだで一番幸せな時間だった。
こんな形になる前にちゃんと彼と話がしたかった。

……もう、叶わないけれど。


私達のやり取りをじっと見つめていた舞華さんが、あの勝ち誇ったような顔をして、

「じゃあ私はこれで」
と席を立つ。


私はそのままプロデューサーが食事を終えるのにつき合って、やがて彼に肩を抱かれてレストランを出た。

廊下の隅でエレベーターを待つ。


今にも泣き出しそうな自分の心を押し隠して、

その箱に乗り込んだ。
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