甘い記憶の砕片
「今日は早く帰れそうだから、外食でもしようか?」
「あの何か作って待っときます。お疲れだと思うし。」
「本当?じゃぁ、気合入れて仕事早く終わらせて、すぐ帰ってくるよ。」
「でも、たいしたもの作れないよ?」
「知ってるから、大丈夫だよ。」
雅臣さんは、子供みたいに嬉しそうに笑った。
それから仕事に行く雅臣さんを玄関まで送る。いってらっしゃいとおかえりなさいの時は、いつも複雑な気持ちになる。なんだか恋人同士や夫婦のようなやり取りだ。そんな感情など今の私は持っていないのに、まるでオママゴトでもしているような錯覚に陥る。
洗濯機を回して、布団を干して掃除をして、洗濯物を干す。そうこうしているとお昼で、冷蔵庫の中のもので適当に昼食を作る。勝手の分からないキッチンで、あちこちの引き出しを開け閉めしながら料理をするのも大分慣れてきた。
昼食を澄まして、少しワイドショーを眺めながらぼんやりとして、洗濯物を取り込んで、夕食の買い物に出かける。
雅臣さんに買ってもらった自転車に乗って、近所のスーパーまでは十五分程度だ。
車の行きかう大通りを一本外して、おしゃれな裏通りを駆け抜ける。ずっと昔からあるのだろう古い喫茶店に花屋さん。その横には、ハンドメイドの服や雑貨を打っているお店、ショウウインドウいっぱいに並べられたパン屋さん。いつか絶対入ってやろう。
散策がてら買い物を終えて、夕食の準備を始める。
早く帰ってこないかな、なんて随分私も今の生活に馴染んでしまった。
「お帰りなさい。」
「ただいま、一日、特に変わったことはなかった?体調は大丈夫?」
夕方、雅臣さんの帰宅は思ったより早かった。
いつも10時を過ぎてようやく戻ってくるか否かなので、夕食は適当に済ましていてほしいと言われる。日付をまたぐような時は、いつも電話が鳴った。
そんな雅臣さんが、まだ明るいうちに帰ってきたのだ。
なんでだろうか、無性に嬉しくて仕方がなかった。