甘い記憶の砕片
「大丈夫だよ、雅臣さんは心配性すぎ。」
「僕の心配性は治らないから、諦めてくれないかなぁ。」
少し疲れたようにはにかむ雅臣さんの仕事鞄を受け取り、リビングへと移動する。
ネクタイを緩めながら、彼はすぐに席に座った。
「すぐに用意するから、服着替えて着たら?それともお風呂にする?」
「いいや、先に頂くよ。夕食を楽しみに今日一日フル稼働だったから。」
また、そういう恥ずかしいセリフをぺろりと吐いてくれる。
雅臣さんが着替えに立っている間に、急ピッチで食卓の上を準備する。
お味噌汁をもう一回温め直して、その隙に、ご飯をよそう。
「お楽しみの夕ご飯は何かな?」
「ピーマンの肉詰めを作ってみました。ハンバーグだとお子様かなって思って。」
わざとらしく「じゃじゃーん」と自分で効果音をつけてお皿を見せると、彼は顔をこわばらせた。
それはもう、明らかに。
「えっと、ピーマンだめだった?」
「うん、まぁ、そうだね。」
「ごめんなさい。」
そう言えば、食べ物の好みとかなにも知らなかった。
それだけじゃない、何も知らないのだ。
どんな仕事をしているのかとか、どんな人間関係があるのだとか、趣味とか、雅臣さんのことを何も知らないのだ。
違う、知らないというのは違うのだろう。覚えていない、というのが正しい。
「好きな物とか、聞いとけばよかったです、ごめんなさい。」
「僕の好きな食べ物は、美岬が作ってくれたものだよ。」
この人は、そんな恥ずかしいセリフをさらっと言ってしまう。
ぐるぐると色んな事を考えていたが、彼のセリフに胸がキュンとして思考が止まった。
そんな私を見て、彼はいつかのように優しく笑った。