甘い記憶の砕片
「そんなに笑わなくても……。」
「ごめん、ごめん。いや、美岬が初めて僕に作ってくれた料理もピーマンの肉詰めだったなって思って。なんで、ハンバーグで止めてくれなかったの?って聞いたら、子供じゃないんだから食べろって、怒られたよ。」
雅臣さんは、私をまっすぐ見てそう言った。
記憶がなくなるまでの私は、きっと、この人のことを愛していたのだろう。
だって、そうだ。
こんなに優しくて、暖かい人が私のことを好きだと言って大事にしてくれるのだ。
雅臣さんが話す、私たち二人の思い出はいつもふわふわしていて、こそばゆい。
「そうそう、美岬のおかげで食べれるようになったんだ。だから、そんな顔しない。」
ふっと笑いながら雅臣さんが、私の頭をそっと撫でてくれる。
暖かくて大きな手が心地よかった。多分、何度もこうしてくれたことがあるのだろう。私はそれを覚えていない。
こんなに良くしてくれて、私のことを大事にしてくれる人のことを覚えていない。
胸が抉られるように痛い。
痛くて、呼吸がうまく出来ない。
「美岬、どうした?」
「ごめんなさい。」
「謝らなくてもいいから、そんな泣きそうな顔して、やっぱり辛いか?」
「私、雅臣さんに申し訳なくて、だって、雅臣さんのことを忘れてしまってて、こんなに優しくしてもらう理由がない。」
「美岬は僕のこと嫌い?」
「いいえ。」
どうしよう、泣いてしまいそうだ。
これ以上優しくしないで欲しい。その優しさは甘くて、私の涙腺を溶かしてしまう。
「次の週末、デートしようか?」
「へ?」
きょとんとして、雅臣さんを見ると彼は凄く真剣な顔をしていた。
熱っぽい瞳で私を見てくる。
少し潤んでいて、中心がくるくると震える瞳に、私は吸い込まれそうになった。
どきどきする。心臓が、震える。
「僕は美岬が好きだから、優しくするよ。僕のこと好きになってもらいたいから、優しくもするよ。結構下心あるんだから。だから、週末、僕とデートしてください。」
ギュッと掌を握られる。
熱っぽくて、少し汗ばんでいる。
「ほら、ご飯、早く食べないと冷めるよ。せっかく作ってくれたんだから、僕はこの瞬間のために、今日は3倍速で働いてきたんだから。」
そう言って、雅臣さんは少し照れくさそうに笑った。