甘い記憶の砕片
嵐のように来て、嵐のように過ぎ去っていった。
ぼんやりとしたまま洗濯物を畳んでいると、また携帯が着信を告げた。
今度はいつもと同じ、雅臣さんからの着信だった。また遅くなるという話だろうか、それは少し嫌だなぁ、と思いながら携帯に出た。
「美岬?」
「はい。」
「悪いんだけど、少しお願いを聞いて貰えないかな?」
雅臣さんのいつもの声にほっとする。
自分でも少し驚いてしまう。こんなに彼のことを想っている自分に驚いた。
「リビングの本棚の脇か、キッチンカウンターの上に緑の封筒を置いてないかな。」
雅臣さんに言われて辺りを見回すと、本棚の脇に緑の封筒が置いてあった。
手に取って確認すると、ずっしりと重たくて中に書類の束が詰まっていた。
「うん、あるよ。」
「悪いんだけど、会社まで持って来てくれないかな?」
「うん、持っていく。えっと、どうやって行けばいい?」
「電車でB駅まで来てもらったら分かると思う。コンビニの横のビル。駅までついたら電話してもらえる?」
「はい。」
「下りの電車だからそんなに混んでないと思うけど、痴漢には気を付けて。」
「雅臣さん、それは心配し過ぎだと思う。」
「いや、美岬は可愛いから、警戒するに越したことはないよ。あんまり短いスカートはだめだからね。」
雅臣さんは、本当に心配性だ。心配性というか、過保護だ。
元からそういう性格なのか、私が事故に合った為にそうなったのか、分かないが、悪い気はしなかった。
なんていうのだろう。
大事にされている優越感に、頭が甘ったるくなった。
ちょっとした意地悪心から、ミニスカートを穿いて行ってやろうかとも思ったけれど、それは思いとどまって、膝丈下のフレアなスカートを選んだ。
駅まで少し歩いて、目的地の駅を確認する。たった三駅だ。
改札口を通り、電車に乗り込む。なんだか少しワクワクした。
電車に乗ること自体も久しぶりだったし、雅臣さんの会社訪問も楽しみだった。どんなところで、どんな風に働いているのだろう。そして、そこに来ていいと言われたことも嬉しかった。