甘い記憶の砕片
言われた駅に降りて、雅臣さんに電話をかける。
「出ないなぁ。」
何度か電話をかけてみるが、雅臣さんは出なかった。
急な呼び出し、トラブル、働いていれば何かしら起こることは確かなので、私は雅臣さんの会社へと歩く。幸い、住所は持ってくるように言われた封筒に印刷してあり、雅臣さんの言っていた「コンビニのすぐ横」のビルもすぐに目に入った。
ぎゅっと封筒を握りしめる。
あまりにも大きなビルで、私は少し尻込みする。
自動ドアをくぐると大きなフロアが広がっており、背広をきた人たちが忙しそうに往来していた。
天井が高い。私が以前働いていた会社とはわけが違う。
可愛らしい女の子が二人いる受付へ向かう。
「えっと、」
そう言えば、雅臣さんは何部に所属しているのだろう。
小さい会社なら名前を言えば分かってもらえるだろうが、こんなに大きな会社になると部署と科とか、役職とかまで言わないと個人を特定してもらえないかもしれない。
少し戸惑う私に、受付の女の子は優しく笑いかけてくれる。
「どういったご用件でしょうか?」
「光井雅臣の家のものなんですが、書類を届けて欲しいと言われてまして。」
「企画開発部の光井ですね、かしこまりました。」
そう言って女の子はすぐに内線電話をかけてくれた。
「光井部長の婚約者さんですか?」
「え、あ、はい。」
もう一人の受付の女の子が、キラキラした瞳で私の顔を覗き込んでくる。
というか、雅臣さんは部長職なのか。
「わー、あの光井部長の婚約者さんに会えるなんてラッキーです。」
「あの光井?」
「光井部長、超カッコいいじゃないですか、社内でも知らない人いませんよ、仕事も出来るし、完璧って感じで。女子だけじゃなくて男性社員からも人気ありますし。」
「こら牧村、失礼でしょう。すみません。」
おそらく電話を取り次いでくれている女の子の方が先輩なのだろう。牧村と呼ばれた女の子は、すみません、と頭を下げた。
他の女の子から見ても、雅臣さんはカッコいいのか。
そう言われると、なんだか嬉しかった。私もずいぶん単純な女だ。
「申し訳ありません、光井はただいま席を外しておりまして、代わりに同じ部のものが取りに参りますので、少々お待ちいただけますか?」
「あ、はい。すみません、お手数おかけします。」
間もなくして、奥のエレベーターホールから若い男の子2人がやって来るのが見えた。