甘い記憶の砕片
「初めまして、光井部長にお世話になってます、部下の杉本です。」
「同じく、加茂です。わー、一回お会いしてみたかったんです。」
部下と名乗る二人は、ずずずっと私に近寄って来て、キラキラの瞳で私を見つめてくる。
二人とも二十代前半だろうか、明るいグレイのスーツがよく似合っている。
「いつも光井がお世話になっております。えっと、これを届けるようにと。」
「やっぱ光井部長の彼女さんだけあって可愛いですね、お名前聞いてもいいですか?」
「こら、加茂、抜け駆けするな。」
二人は仲が良いのだろう、お互いにじゃれ合うようにしている。
若いって良いな、と私は自然と笑みがこぼれた。
「椎野美岬です。」
「美岬さん?あ、俺は加茂祥太郎っていいます。」
「はぁ。」
「最近、光井部長ってば、家で彼女さんが待ってるから一刻も早く帰るために、5倍の速度で頭と手を動かせってしごかれててー。」
「そうそう、よっぽど彼女さんのこと好きなんだなーって思ってたんですよ。」
そう言いながら、加茂と名乗る男の子は、封筒と一緒に私の手を握った。
「でも無理ないですね、美岬さん、めっちゃ可愛いですもん。」
「かぁーもぉ。」
雅臣さんと違って、軽いというか軟派な男の子だな、と思っていると、雅臣さんの低い声が響いた。
地獄の底から響くような声と言えばいいのか、穏やかな雅臣さんからは聞いたことがないような、どすの利いた声だ。
「げ、光井部長。」
同じくエレベーターホールから、ズカズカとわざと大きな足音を立てて、雅臣さんがこちらに近づいてくる。
家でしか会ったことがないので気付かなかったが、周りの男性と比べてみると雅臣さんの身長は結構高い。
黒のスーツと私が朝選んだブルーのネクタイ。締まって見えるのか、すらりとしていてカッコよかった、なんて思う私は重症かもしれない。
「馴れ馴れしく美岬に触るな。」
雅臣さんに半ば強引に肩を掴まれ、彼の胸の中に収めれる。
家の中と同じ匂いに包まれ、見上げた雅臣さんは凄く険しい顔をしていた。
受付の女の子が「きゃぁ。」と黄色い悲鳴を上げる。
「お前ら仕事は?こんなところで、僕の美岬にちょっかい出してる暇なんかないだろう、明日の会議までにさっさと資料作って、全員分の部数印刷。ついでに、プレゼン用のパワポと合わせた原稿もお前らで作っとくこと。僕は確認しないから。」
「そんな、光井部長っ。」
「あとこれ、経理に回しといて。僕は帰るから、明日のプレゼン抜かりなくな。」
私から緑の封筒を取り上げると、雅臣さんは杉本という部下の方にその封筒を押し付ける。