甘い記憶の砕片
「いくつか、簡単な質問をします。よいですか?」
メガネをかけた優しそうな初老のお医者さんは、ゆっくりと私に言った。
「あなたのお名前は何ですか?」
「椎野美岬です。」
「では、ここは何処ですか?」
「病院だと聞きました。」
「今日は何月何日ですか?」
「分かりません。」
「彼は誰ですか?椎野さんとどのような関係ですか?」
「彼は光井くんで、私の元同僚?」
「分かりました。このボールペンの芯を出してください。」
受け取った黒のボールペンを私はカチカチと何度かフリックした。
ちらりと光井くんを見ると、彼は顔の筋肉をこわばらせていた。
「大丈夫ですよ、事故による一時的な記憶の混乱だと思います。」
そう言ってお医者さんは、固まったまま微動だにしない光井くんとは反対に、優しく笑って私の肩を叩いてくれた。