甘い記憶の砕片
「それから、これ、新しいケータイ。事故で壊れたから、僕の電話番号と僕の母さんの番号しか入ってないけど、何にもなくても電話してくれていいから。」
机の上に折り畳み式のピンクの携帯電話が差し出される。
私の好きな色で、私の好きそうな丸みを帯びた形をしているのが、またチクリと痛い。
「私、最後の記憶は、佳代子と真由美と一緒にご飯して買い物に行った記憶で、だから気付いたら病院で寝てて、雅臣さんが居たの。だから、私、本当に雅臣さんのことは入社式と新人研修くらいしか記憶になくて、だから、だから、その。」
だから、謝りたい。
だから、ごめんなさい。
傷付けたくて傷付けているわけではなくて、私のことを大事にしてくれているのが痛いほど分かるから、余計に申し訳なくて、居たたまれない。
「美岬、だからばっかり言ってる。いいよ、気にしないで。じゃぁ、その佳代子さんと真由美さんとの買い物の話、聞かせてもらってもいい?何を買いに行ったの?」
佳代子と真由美とは大学時代の友達で、社会人になってからも頻繁に会っていた。
佳代子は駅裏の結婚式場も兼ねている様な大きなホテルに勤めていて、その日は夜勤ということで、ランチを一緒にした。真由美も夕方から親と出かける予定を入れているらしく、ランチをしてひとしきりお喋りをして別れた。
「二人と別れて、一人でウインドウショッピングをしてて、それで、どうしたんだっけ?」
ぷっつりと記憶が途絶える。
そうだ、その次はもう、病室で寝ていた。
「美岬はその時、どんな服を着ていた?」
「えっと。」
季節はいつだっただろう。暑かったような気がする。
「もうすぐ梅雨が明けるかなって時だった、美岬は黒と白のギンガムチェックのワンピースを着てて、今よりもっと髪の毛が長くて、ふわふわのパーマをかけてたよ。」
雅臣さんは、子供みたいに勝ち誇った笑いを浮かべた。
「その時、僕と再会したんだ。」
彼は嬉しそうに続ける。