甘い記憶の砕片
「僕は出張中で大きなキャリーケースを引き摺って、超早歩きで歩いてたんだ。それで、美岬とすれ違って君のお気に入りのワンピースの裾をキャリーに巻き込んじゃって。」
「破ったの?あのワンピース高かったのに。」
「うん、ごめん。でも、その時、僕は自分を疑ったよ。相手が美岬で。」
「どうして?」
雅臣さんは、照れくさそうに私から目線をそらした。
「入社してからずっと、美岬のことが好きだったんだ。」
「うそだぁ。」
「嘘じゃないよ、失礼だなぁ。」
「だって、そんな素振り見せなかったじゃないの。」
驚いた。
その頃から彼は優しかったが、皆に優しかった。とりわけ、私だけにという記憶はないし、部署も違ったので、そんなに話をしたこともない。
「見せたよ、ちょいちょい経理部に書類を持っていったし、荷物運ぶの手伝ったし。」
「わかんないよ。」
「まぁ、一年ちょっとぐらいで今の会社に来ないかって誘いを受けて、辞めたから、仕方がないと言えば、仕方ないか。」
「え、引き抜きだったの?」
彼が優秀だという噂は、同期つてに聞いていたが、まさか一年そこそこの新人で引き抜きに合うとは、世界が違いすぎる人間だったことは間違いない。
だから、こんな立派なマンションに新品の家具を勢揃いで買えたのか、納得がいった気がした。