甘い記憶の砕片

「とにかく、ずっと好きだった美岬と偶然再会して、しかも、ワンピースの裾を破ったんだよ。もう、これは押すしかないって思うだろう。」
「そうかな?」
「美岬もすぐ僕だって分かってくれて、気にしないでって言ってくれたけど、明らかにショックを受けた顔をしてたんだよ。」
「だって、あのワンピースは、」
「お気に入りだったんだよね、で、弁償するのを口実に近くのコーヒーショップに引き摺りこんで、連絡先を聞きだしたんだ。」
「やくざですか。」
「それだけ、美岬が好きだったんだよ。」

 臆面もなく言う雅臣さんに、私の方が照れてしまう。
 男の人にしては少し長めに切りそろえられた髪の毛は、凄くさらさらとしている。落ち着いた低い声とは対照的な丸みを帯びた子供っぽい顔立ちに、優しい瞳。すらりと長い身長に、少し骨っぽい身体がTシャツの上からも見える。
 今さら思うことになるが、カッコいい人だ。
 だって、なんだかよく分からないキャラクターの絵が入ったTシャツにジーンズという服装でも、ばっちり着こなしているように見えるのだから、相当なものだ。

「それが、一年と少し前の話かな。」
「私は、雅臣さんと会った所からの記憶がないってこと?」
「そうなるね。」
「ごめんなさい。」

 なんで忘れてしまったのだろう。
 きっと、雅臣さんは一番忘れてはいけない人なはずだ。
 なのに、どうして。

「謝ることじゃないよ。僕も仕事が忙しくて、美岬がマリッジブルーに悩んでることに気付けなかったんだ。」
「でも、忘れて良いわけじゃないじゃない。」
「忘れてるわけじゃないよ。だってさ、今の美岬はいうなれば一年前の美岬なんだよ?きっと、僕と会う前の美岬と僕と会ってからの美岬が、入れ替わっちゃったみたいなもんだよ。だから、未来にあることを覚えてる方が変な感じでしょ?」
「意味が分かんない。」
「僕も自分で言ってることがよく分かんないよ。だから、僕は大丈夫だよ。美岬もなーんにも根拠も理屈もないけど、大丈夫だよ。ちゃんと僕が美岬を守るから、大丈夫だよ。美岬は、大丈夫。」

 その何の根拠もないという大丈夫に、私は救われたような気がした。
 自分の中にすっぽりと空いてしまった一年という空白を、彼の言葉は埋めてくれる気がした。優しくて、暖かい。
彼が大丈夫だというのなら、大丈夫なんだろう。不思議とそんな安心感があった。











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