甘い記憶の砕片
Ⅱ.彼とピーマン
Ⅱ.彼とピーマン
雅臣さんと付き合って、この春に雅臣さんの転勤を期に仕事を辞めて、彼についていくことにしたらしい。そして、雅臣さんのお盆休みを利用して引っ越しを終え、11月には入籍して夫婦になる予定だったらしい。
彼と再会する一年前の記憶で止まった私には、信じられない話だった。
マンションの窓からは、同じような高層マンションと最近改築されたという近代的な形をした商業施設を併設した駅、その向こう側に海が見えた。
最初のうちは外出するのも心配した雅臣さんに止められていたが、出かける前にメールをするという定期連絡を条件に、すぐに外出は許可された。それどころか、少し出かけるには必要だろうと言って、木で編み込まれたバスケット風の籠がついた赤い自転車まで買って来てくれた。
「おはよう。」
雅臣さんの朝は早い。
朝、私がリビングに行くと、そこのソファで寝ていた雅臣さんは、もう完成形になっている。髪の毛を梳いて、ネクタイを締めて、キッチリとした背広を羽織って、どこにも抜かりがない。
焼けたばかりのトーストと淹れたてのコーヒーを片手に、経済新聞を読んでいた。
「おはようございます。」
「コーヒー淹れようか?食パンにする?シリアルにする?」
「コーヒーだけ。」
了解、と短く返事をすると雅臣さんは身軽にキッチンの奥へ行った。
私は彼の前に座ると、まだぼんやりとする頭で彼を目で追った。
いつもお世話になりっぱなしなので、朝食の準備ぐらいはと思って起きても、何故か雅臣さんはいつも私より早く起きている。
「どうぞ。」
「ありがとう。」
いい香りのするコーヒー。
それには言わなくても、ミルクと角砂糖が一つ溶けている。ちょうどよい甘味。私のために用意されたコーヒーだ。