冷徹御曹司は政略妻の初めてを奪う
こんな不安も、マリッジブルーとして無理矢理片づけてしまおうか。
20階からの夜景はあまりにも綺麗すぎる。
ほどよい冷たさと現実世界から突き放された距離感も感じ、知らず知らず涙がこぼれた。
そう。
結婚に向けて幸せそうに動き、私を強引に自分に引き寄せようと強気で迫る紬さんとふれあう度に、少しずつ心は取り込まれて逃がしてもらえなくて。
気付けば、紬さんの事を四六時中考えてしまうほど好きになっていた。
決して私を傷つけない、それだけは信じて欲しいと、真面目で必死な言葉で説得してくれたあの夜。
婚姻届を前に、サインを渋る私に延々と甘い言葉を並べてくれたあの時間から、とっくに私は紬さんの虜だから。
抱きしめられて、キスされるだけでは物足りない。
それ以上の深い熱を注ぎ込んで欲しいと思うのは、自然な感情だと思うのに。
紬さんは私を抱く気配を見せず、抱きしめるだけで、そして切なげな吐息を落とすだけ。
紬さんのおばあ様と、私のおじい様の長年の願いを叶える為だけの結婚。
だけど、私を大切にしているという感情を露わに見せてくれる紬さんを本気で好きになってしまった私は、これからもずっと不安を抱え、片思いに涙しながら過ごしていくのだろうか……。
愛されることをずっと待ちながら、作り笑いを浮かべたりするのだろうか。
紬さんと選んだベージュのソファに体を沈めて、両足を抱えたまま横になると、頬を伝う涙を冷たく感じる。
そっと目を閉じて、紬さんの気配も匂いも何も感じられない一人ぼっちの部屋に切なくなった。
そんな切なさを振り払うようにぎゅっと目を閉じる。
そして、知らず知らず。
寂しさを忘れ、現実を忘れるように眠りにおちた。