冷徹御曹司は政略妻の初めてを奪う
一見、軽いお調子者のような人間だと相手に思わせる親父だが、実際はかなり腹黒い男だ。
一代で会社を大きくしたじいさんの長男として生まれた父さんは、二代目になるべく敷かれたレールを上手に生きている。
『反抗しても元のレールに戻されるのなら、最初から自分の人生を受け入れて自分が生きやすい環境をつくるほうが利口だ』
早々に自分の未来を会社に捧げると決めた親父は、二代目に引き継がれた途端業績が落ちるようなことがないよう精力的に働き、初代以上の実績を残している。
そんな結果を出すために犠牲となったもの。
それは家族だ。
特に、母さんは忙しくてなかなか家に帰らない父さんに文句も言わず。
『お金だけはある母子家庭みたいだねー』と笑って俺を育ててくれた。
お手伝いさんはいたけれど、子育てのほとんどを一人でこなした母さん。
学校の役員をはじめ、俺が所属していた野球チームの世話も積極的に引き受けていた。
その一方で父さんの仕事関係の会合に同席したりと忙しすぎる日々を過ごしていた。
社長の妻という、強さとたくましさが必要な役割をきっちりと、そして愛情をもって受け入れていた母さんのおかげで父さんの今がある。
今では発展を遂げた会社も安定し、父さんの忙しさも昔ほどではなくなった。
母さんのことが大好きな父さんは、空いた時間全てを母さんとの時間にあてている。
小さな頃から、ほんの少しの時間を作っては母さんと二人きりになろうと躍起になっていた父さんは、その大切な時間に俺が加わることを認めなかった。
『紬はいつも母さんと一緒にいられるんだから、父さんが母さんを独り占めするんだ』
そう言って、俺には留守番を言い渡して二人で出かけるほど母さんを愛している。