冷徹御曹司は政略妻の初めてを奪う
おじい様から社長職を引き継ぐ為に呼び戻された父さんは、それからしばらくはおじい様の期待に応えようと頑張っていた。
慣れないスーツに身を包み、それまで伸ばしていた髪も短く切りそろえ、強張った笑顔を作っていた。
けれど、その頑張りは空回りし、社交的とは言えない性格がすぐに変わるわけでもない。
生まれて初めて踏み入れる、『大企業』という世界にも馴染めない。
後継者である父さんを軸にして、小さないざこざを繰り返す社内の人間関係にも悩み続けた。
幸せそうな笑顔で絵を描いていた頃の父さんの姿がどんどん消えていくのを、私はただ見ているだけだった。
数か月間そんな日々が続き、社長の妻という立場を受け入れられなかった母さんは父さんと離婚した。
私をおじい様から引き離すことは無理だから、と苦しげにつぶやき、私を残したまま去って行った。
そして、それから間もなく、幼稚園にいる私にわざわざ会いにきた父さんが、
『瑠依、ごめんな』
震える声でそう言って私をぎゅっと抱きしめた時、父さんの心が壊れかけていると察するのは簡単だった。
幼いながらも、そのことを予想していたのか、私はそれほど慌てることもなく、細くなった父さんの体に両腕を回した。
『父さん、大好き』
幼いながらも、震える父さんがかわいそうに思え、そう耳元に囁いた。
そして、その日の夜、父さんはおじい様の家を出ていった。