冷徹御曹司は政略妻の初めてを奪う



既に母さんと離婚し、生きる気力を失っていた父さん。

このままでは自分で命を絶つのではないかと危惧したおじい様が、後継者として育てることを諦め、父さんに子会社の社員の席を用意したのだ。

おじい様としても、自分が父さんを呼び戻したことによって私の家族を離散させたという負い目もあったんだろう。

『瑠依の家族を不幸にしてしまったな』

低く震える声からは苦しみしか感じられず、その姿は大企業の社長には思えないほど小さく見えた。

家族が離れ離れになっても尚、私はおじい様の家で暮らし、家政婦さんや、彩也子さんに面倒を見てもらっていた。

それから20年が経ち、私は仕事に就き、結婚もした。

一方、彩也子さんはおじい様の秘書としての職を辞することもなく、今でも私のことをかわいがってくれている。

今ではおじい様の秘書だからというわけではない、彩也子さんという一人の女性との付き合いを続けているけれど、彼女にしてみれば、私は相変わらず幼い子供のままなのだろう。

私への言葉遣いも子供へのそれとしか感じられない。

けれど。

私がおじい様と暮らし始めた当初の戸惑いを誰よりも察して、その手を差し伸べてくれた彩也子さんには感謝の気持ちしかない。

そして、40代半ばを過ぎた今もおじい様の秘書を続ける彩也子さん自身の幸せを、私が奪ってしまったのではないだろうかと心が痛い。

私の世話をすることに若い日々を費やした彩也子さんは結婚することもなく、会社から少し離れた郊外で一人暮らしを続けている。

社長秘書としては破格の給料をもらっていると以前聞いたけれど、それには私の世話をしてくれる彩也子さんへの感謝の気持ちが含まれているはずだ。

おじい様からの彩也子さんへの感謝の気持ち。

それは当然のものだ。


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