冷徹御曹司は政略妻の初めてを奪う
「うわっ。やだ」
焦った声をあげ、紬さんと理美さんの視線を避けるように体の向きを変えた。
そして、履き慣れないヒールにまごつきながらも駅に向かって走りだす。
悪いことをしたわけではないのに、慌てて逃げ出す自分に戸惑いながらも足は止まらなくて。
人通りの多い道を、駆け足で駅に向かった。
とはいえ、さっき彩也子さんが買ってくれたワンピースや靴が入った幾つかの紙袋を両手で持ちながら走るのはかなり大変だ。
すれ違う人たちにぶつからないよう気を付けて走っていても、赤信号で立ち止まってしまう。
もうすぐ駅だけど、このままタクシーで帰ろうかな。
そう思い、タクシーが通らないかと辺りに視線を向けると。
人ごみをかきわけながら小走りでこちらに向かってくる紬さんが目に入った。
「え……嘘」
呆然としながら立っている私に気付いたのか、ホッとしたような表情を見せた紬さんは、一気に私との距離を詰めた。
信号を見ると、まだ赤のまま。
周囲には青に変わるのを待っている大勢の人。
この場から離れようとしても身動きが取れない。
あっという間に目の前に立った紬さんから逃げることもできなくて、私は荒い呼吸を繰り返す彼を見上げた。