冷徹御曹司は政略妻の初めてを奪う
「声くらい、かけろ」
「は?」
「さっき、俺に気付いていただろ? 無視するなよ」
何度か大きな呼吸を繰り返したあと、紬さんは私の手から紙袋全てを取り上げると、空いた私の手をぎゅっと掴んだ。
そして安心したように頷くと、「荷物、置いたままだから戻るぞ」と呟いて、今来た道を再び歩き始める。
手を繋がれたままの私は、紬さんに引きずられるようについていく。
「紬さん、荷物を置いてきたって、どういうこと?」
「瑠依が泣き出しそうな顔で店の前から逃げ出したから、荷物をさっきのカフェに置いたまま追いかけてきたんだよ」
「泣き出しそうって……」
信号が青に変わったのか、それまで立ち止まっていた人たちが一気に動き出す。
その流れに逆らうようにずんずんと進んでいく紬さんの手の強さを感じると、今まで張りつめていた気持ちがふっと緩むように感じた。
「紬さん、もう少し、ゆっくり……それに、手を離して」
あまりにも早足で歩く背中に声をかけると、紬さんはちらりと振り返り不機嫌そうに眉を寄せた。
「逃げるだろ?」
「に、逃げないし……人にぶつかりそうで、歩きづらいから、離して」
「……逃げんなよ」
紬さんは歩くスピードを落とし、するりとその手を離した。
あっさりと離された手を目で追いながら、ほんの少し寂しさを感じた。