冷徹御曹司は政略妻の初めてを奪う




紬さんは、首を傾げる私を面白がるように肩を震わせた。

一体何を言っているんだろう。

それも、かわいいだとか簡単に言われて、そんな言葉に免疫のない私はどう答えていいのかわからない。

腰に回された紬さんの手を意識してしまうし、顔だってやたら近くにあるし。

人ごみの中で、私の体はどんどん熱くなっていく。

信号を渡ろうと小走りですれ違う人たちの怪訝そうな視線や面白がるような囁きを気にしながら俯いていると。

「さ、とりあえず戻るぞ。……あ、理美に何を言われても無視していいからな。
あいつ、面白がって何を言い出すかわかんねーから」

私の背を軽く押しながら、歩き出す紬さん。

紬さんの口から出たその名前に、ぴくりと体を震わせた。

そうだ、さっきまで紬さんは理美さんと一緒にいたんだ。

紬さんは私に気付き、慌ててお店を飛び出してきたようだけれど、理美さんは置き去りにされたのだろうか。

だとしたら、紬さんが戻るのを待っているだろうし、私が一緒に戻ったらまずいんじゃないのかな。

あのお見合いの日、強気な言葉と態度を見せていた理美さんの姿を思い出して、一気に気が重くなる。

政略的なお見合い結婚だとはいえ、既に自分の夫となった紬さんの過去の……だと思うけれど、恋人と会うなんて、嫌だ。

それに紬さんを返してと今更言われても、はい、どうぞ、と簡単に返せるほどの軽い思いで紬さんと一緒にいるわけじゃない。

紬さんが私をどう思っているのかは未だにはっきりとわからないけれど、それでも私の気持ちは決まっている。







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