冷徹御曹司は政略妻の初めてを奪う
とぼとぼ歩く私の様子に気付かないほど、何故か紬さんはカフェに向かって急いでいる。
それほど理美さんに早く会いたいのだろうか。
ずきりと胸が痛い。
このまま紬さんから逃げ出して、結婚もなにもかも白紙に戻してしまいたい。
そう思いながらも、紬さんに抱き寄せられている心地よさを手放せるのか自信もない。
「理美が食べていたショートケーキ、うまそうだったぞ。瑠依も好きだろ、食べてみれば?」
優しい声をかけられた途端、ケーキよりも紬さんの心が欲しいと願ってしまう。
私を抱く熱い体だけではなく、その心が欲しいと願えば願うほど虚しくなるけれど、それでも。
「うん。紬さんも、イチゴが好きでしょ?」
と笑顔を作って答えてしまう。
「ああ。だから、一口くれ」
「……うん」
顔を見合わせて笑い合うと、それだけで心はどきりと弾み、してはいけない期待をしてしまう。
私一人に心を預けて欲しい。
愛して欲しいと。
戸惑いながらも手放せない、ふわりと優しい空気の中に漂う愛情。
錯覚でなければいいと、そう願いながら歩いていた。