冷徹御曹司は政略妻の初めてを奪う





「あの日、病院に理美さんがいたんだ……」

「ああ。まだ小学校に入学したばかりだったと思うけど、侑平おじさんは、理美に事実をしっかりと伝えたんだ。誘拐未遂の意味も含めてな」

「ん……なんとなく、その侑平おじさんという人のことは覚えてる。病室で診察を受けている時に、突然現れた優しそうな人。それから会うことはなかったし、忘れていたけど」

次第に小さくなる私の声に、紬さんが心配げな視線を向けている。

そのことに気づいているけれど、今の私には笑顔を作る余裕もない。

過去に置いてきたはずの苦しみが、再び私を攻めてくる。

手にしていた箸を、そっと箸置きに置いて、俯いた。

目の前でおいしそうな湯気をあげているラーメンを食べるのをやめて、小刻みに震える手をぎゅっと握りしめる。




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