冷徹御曹司は政略妻の初めてを奪う
「瑠依? 大丈夫か」
「んー。少しだけ待って。じっとしていれば大丈夫だから」
俯いたまま、微かな声で答えた。
テーブルの向こう側から紬さんの心配そうな視線を感じるけれど、今はただ、この恐怖感を追いやるための時間が欲しい。
未遂に終わったとはいっても、誘拐されそうになったという記憶は私を不安で満たし、体中を震わせる。
あれから十年以上の時が過ぎ、滅多に思い出すことはないけれど。
心の奥底に根強く残っている苦しみの欠片が顔を出す度、私は動けなくなる。
小学生の頃、私はおじい様の会社近くにある塾に通っていて、その日も彩也子さんに連れられて塾に向かった。
塾が入っている大きなビルのエレベーターに乗った瞬間、私は中にいた男性に羽交い絞めにされ、一緒にエレベーターに乗った彩也子さんはもう一人の男に体当たりされて、エレベーターの外に押し出された。
エレベーターの扉が閉まる時、「瑠依ちゃんっ」と叫ぶ彩也子さんの声が聞こえたけれど、私は身動きがとれなかった。