冷徹御曹司は政略妻の初めてを奪う
そんな愛情を知っているせいか、おじい様のしでかすことを拒みきることができない。
頑固で厳しく、仕事では妥協を許さないおじい様の唯一の弱点が私だということは周知の事実で、もちろん私も自覚している。
小さな頃から私の身の安全を第一に考え、警護の人を配置してくれた。
裕福な家庭に生まれたせいで、誘拐というリスクを抱えている私に一人で行動することは許されず、学校の登下校も車に乗せられ警護の人と一緒だった。
警護の大切さを実感したあの事件以来、自分が置かれている立場を実感し、警護を拒むことはなかった私。
そう、私には小さな頃、誘拐されそうになった経験がある。
その時のことを思い出す度に体は震え、体中によみがえる恐怖と闘う。
闘うといっても、体の震えに耐え、じっと意識を閉ざしたまま恐怖の時間が過ぎ去るのを待つだけだけれど。
いつになればあの時の恐怖から解放されるのか、わからない。
誘拐未遂事件が起こるまでは、警護の人が側にいることが嫌でたまらなかったけれど、事件以降しばらくは、警護の人に守られている安心感なしではどこへも行けなかった。
大人になった今では、警護の存在なくひとりで街中を歩くことも通勤することも当然のようにしているけれど、それでも周囲への警戒感は他の人よりも強いと思う。
会社という安全地帯にいる日中はその警戒感を解き、仕事に集中できるようにはなったものの、終業後、帰宅のために会社から出る時にはいつも気持ちが落ち着かない。
会社の目の前の大通りから誰かが私にとびかかってこないかと、視線を巡らせるのが癖になってしまった。