冷徹御曹司は政略妻の初めてを奪う





そのきっかけは些細なもの。

私の誕生日には必ず一緒に夕食を食べるという習慣があるにも関わらず、彩也子さんから「もう、大人なんだから、恋人とでも過ごしなさい」と笑顔を向けられたことがきっかけだ。

大学を卒業し就職してすぐの誕生日だったけれど、私に恋人がいないことなんてわかっているはずの彩也子さんの言葉に違和感を覚えた。

毎年おじい様と彩也子さんにお祝いしてもらっていた誕生日の過ごし方が、その年以降変わった。

彩也子さんにしてみれば、親離れにも似た気持ちからの言葉なのかと思ったけれど、次第にそれだけではないと感じるようになった。

かといって、私への愛情が小さくなったり、私の存在を疎ましく思うようになったのかと悩むわけではなく、彩也子さんの中で大切な物の優先順位が変わったのではないかと思っている。

休日、一緒に映画を観に行こうと誘っても、「用事があるから、また今度ね」と断られたり、彩也子さん特製のオムライスを食べたいと言っても「あのオムライスならとっくに瑠依ちゃんの方がおいしく作れるようになったじゃない」とくすくす笑いながらやんわり逃げられる。

そんな小さな積み重ねが繰り返され、次第に大きくなってきた思い。

彩也子さんには、私以外に大切な人がいる。

今ではもう、確信に近い思いとなり、それを悩んでいいのか、喜んでいいのか。

そこもまた、曖昧で、私は彩也子さんに聞くべきなのかどうかもわからなくなっている。

それに。

彩也子さんが大切だと思う人がいるとすれば、その相手はきっと、私がよく知る人であり、私の人生をあらゆる意味で振り回し、影響を与えた人。

その人が今、大変な状態に陥っている。

「父さん……」

夜中の大通りを走る車の助手席で、私は両手を膝の上で握りしめながら、呟いた。



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