冷徹御曹司は政略妻の初めてを奪う
その紬さんが望むのならば、そして、欲しいと言ってくれるのならば。
与えられるばかりではなく、大切な人が望むものを与えてあげなければいけないと、私の中から湧きあがる思い。
ちらりと視線を運転席に向け、紬さんの目は恥ずかしくて見ることはできない……から。
何故か紬さんの後頭部を見つめながら、ようやく、恥ずかしい気持ちを乗り越えて。
「私も、紬さんのことを、幸せにしてあげたい……よ?」
棒読みだけど、言葉には紬さんへの愛情をこめて、言った。
恥ずかしくて照れくさくて、紬さんの目を見ることはできないけれど……。
言った瞬間、紬さんが恋しくなって、紬さんによく似合っているグレーのポロシャツをぎゅっと握った。
「えっと……その、紬さんの奥さんも、意外に頼りになるので……。紬さんのこと、ちゃんと、幸せにしてあげます」
エンジン音に紛れて、消えてしまいそうな小さな声。
紬さんにちゃんと届いただろうかと、心配になるけれど、こんな恥ずかしい言葉、もう二度と言えない。
言ったはいいけど、苦しい。
苦しいけど、どこか優しい気持ちにもなれるなんて、複雑だ。
すると、紬さんは。
「ちゃんと聞こえなかったから、家に帰ったらもう一回言ってくれ。俺を幸せにしてくれるとか、俺の奥さんは意外に頼りになるとか、ちゃんと聞こえなかったから、確認のために、もう一回。いや、何度でもいいんだけどさ」
声を聞くだけで、嬉しいんだろうとわかる大きな声で答えてくれた。