冷徹御曹司は政略妻の初めてを奪う
深夜の病院に駆けつけた私と紬さんを待っていたのは、予想外の人だった。
緊張しながらロビーに入る私たちに駆け寄り、「病室に案内するから」と足早に歩くのは、紬さんの親友である茅人さんだった。
疲れているのか声に力はなく、表情も暗いけれど、確かに茅人さんだ。
私達に背を向けエレベーターに向かう彼の後ろを歩きながら、隣を歩く紬さんを見上げると。
「詳しいことは、あとだ」
茅人さん以上に緊張した面持ちの紬さんが、私の腰に手を回し、ぐっと引き寄せた。
「紬さん……?」
「まさか茅人がここにいるなんて、俺も予想していなかったんだ」
「は? どういうこと……? 父さんと……茅人さんがどうして……?」
訳が分からない私は、小さな声で紬さんを見上げる。
「ああ。あとで、ちゃんと話す。ごめんな、大丈夫だから」
低い声はそれ以上の問いを拒み、私はただ、紬さんに抱かれたまま歩く。
今の紬さんの横顔は、車の中で見せてくれた甘い表情とは全く違う厳しく鋭いもので、不安を覚える。
私を「奥さん」と言い、幸せにしてくれると笑ってくれた彼とはまるで別人だ。