冷徹御曹司は政略妻の初めてを奪う
紬さんは、そんな私の気持ちを感じとったのか。
表情を強張らせたまま、腰にあった手を私の肩に移すと、ぐっと私を抱き寄せる。
「これから何があっても、瑠依は俺の大切な奥さんだから、そのことは忘れるな」
そう言って、掠めるようなキスをくれた。
ほんの少し触れただけの、物足りないそれに含まれた思い。
紬さんは、私を大切に思っていると、そして、私を「奥さん」だと認めてくれていると。
キスを落とすことで、紬さんが自分の思いを伝えてくれたと感じるのは、私の都合のいい解釈なのかもしれないけれど。
どうしてだろう。
初めて見せられる紬さんの硬くて不安を隠せない表情が、私をすっと落ち着かせてくれる。
茅人さんがどうしてここにいるのかも、何故紬さんがここまで緊張しているのかもわからないままだ。
けれど、私の肩を抱き、体温を確認するように身を寄せる紬さんの方が、私よりも不安で仕方がないように見える。
茅人さんを追いながらも、その足取りは重く、できることならこのまま引き返したいと感じているようで。
「紬さん……?」
そっと声をかけると、苦笑気味に口元を上げた顔。
「こんなに早く茅人のことを話す日がくるなんてな……せめて、結婚式のあとなら良かったんだけど」
そう呟いた紬さんは、気持ちを切り替えるように一つ息を吐き出した。
「俺も、茅人も、もちろん瑠依のお父さんも彩也子さんも、みんな、瑠依のために、ここにいるんだ。……奥さん」
『奥さん』
そう言われて、いつもの私なら照れるはずなのに。
心がやけに穏やかなのは、そう言わずにはいられないとわかる、紬さんの苦しげな瞳のせいだった。