冷徹御曹司は政略妻の初めてを奪う
父の病室の前に連れてこられた私たちは、先に入るようにと茅人さんから促された。
「命に関わるだとか、深刻な状態じゃないから安心していいよ。それに、動転した彩也子さんが大げさに電話したみたいだけど、交通事故で両足を骨折しただけだから」
私たちを安心させるように聞こえる茅人さんの声は、意外に明るいけれど、それに反してその表情は暗い。
骨折以外にも何か怪我をしているのではないかと不安になった。
けれど、茅人さんはそんな私の思いを読み取ったのか。
「それ以外は大丈夫らしい。頭もCTで検査をして問題ない」
優しくそう言ってくれた。
「あ……そうですか……」
父さんが交通事故にあったと彩也子さんから聞いたけれど、興奮していた彩也子さんから状況を詳しく聞き取ることはできなかった。
両足の骨折だけだというのも今聞いたばかり。
脳に異常もないようで、ほっとした。
とはいえ、紬さんも茅人さんも、父の病状以上に重苦しい表情を崩さないままなのが気になる。
父のことを心配する必要はないと言いながらも、私に神経質な視線を向ける二人を訝しく思う。
どうしてだろうかと紬さんを見れば、何かを覚悟したような、それでいて諦めきれないような。
唇をきゅっと結び、すっきりとしない表情のまま、私を気遣う様子に不安を覚える。
「じゃ、行こうか」
「あ……うん」
複雑な思いを抱えたまま、私は紬さんに背中を軽く押されて、病室へと入った。
そして、特別室のベッドに横たわる父さんに、数か月ぶりに再会した。