冷徹御曹司は政略妻の初めてを奪う
父さんのことを第一に考えなきゃいけないのに。
けれど、「江坂をなめんなよ」と強気な声音で私の腰を引き寄せ抱きしめる紬さんの体温に包まれていると。
「紬さんを愛している私の気持ちもなめないで。浮気なんてするわけない」
思わず口を突いて出た、大げさすぎる自分の甘えた声に驚きつつも、紬さんの背中に腕を回して抱きしめ返す。
その力、紬さん以上かもしれない。
葉月家の一大事。
決してこんな柔らかな時間を過ごすべき時ではないとわかっていても、ようやく寄り添えた気持ちは私を現実から遠ざけていく。
父さんの容体も、葉月のスキャンダルも二の次で、一番大切な人の胸に体を預けたまま、動きたくない。
朝のワイドショーで繰り返された「葉月グループの株価の動きが気になります」や「血縁以外からの後継者もやむを得ないでしょう」という評論家からの面倒なコメント。
そんなこと、これから考えるから今だけは放っておいて。
せっかく、幸せってこういうことなんだ知ることができたのだから、今だけは、それ以上に大切なことなんてないって甘えさせて欲しい。
それがわがままだとしても。
「もう、どうでもいい。紬さんが私を愛してくれたら、それでいい」
「瑠依、お前……」
これまでにない、私の素直すぎる様子に、紬さんが焦る。
私の浮気を想像しては勝手に怒っていたくせに、おろおろしていて面白い。
「本当、なめないでよね」
小さく肩を揺らして呟く私の心は、とても凪いでいた。