冷徹御曹司は政略妻の初めてを奪う




父さんの病室には、事故を知って心配した人たちがたくさん集まっていた。

その多くは、葉月グループの中の印刷会社で父さんと共に仕事をしている社員さんたちだ。

その会社で、父さんはパンフレットやポスターなどのデザインをしている。

子供の頃から絵の才能を発揮していた父さんは、学生の頃から幾つかの賞を獲っていた。

その実績が示すとおり、仕事上の作品であり商業的な制約のあるデザインだとはいえ、父さんの才能はひっそりと開花していた。

仕事を始めた当初は、パソコンを使ってのデザインに四苦八苦していたようだけれど、最近では周囲からの指導もあり、自分が思い描く作品をWEB上に公開することもある。

その作品の多くは夜明け間近の一瞬を想像させる、風景画。

父さんが一番好きだと言っていた、水平線が魔法にかかったように曖昧な空気に包まれるほんのひと時。

今でも、そんな素敵な時間を感じさせてくれる絵を、描いている。

後継者という立場から解放され、それによる罪悪感や焦燥感は確かにあったと思う。

けれど、そんな負の感情を抱えながらも再びよみがえった、創作することの喜び。

本来望んでいた絵描きとしての自由な人生から外れてしまったとはいえ、父さんの中に再び芽生えた生きる喜びによって、周囲の人たちとの関係も良いものとなった。

葉月の後継者から脱落した使えない男、という前評判は社内でも広がっていたらしいけれど、父さんが真面目に自分の道を模索していく姿は、徐々に周囲の見る目を変えた。

そして、着実に仕事を覚え、結果を出していく父さんに対する評価は高まり、今では会社になくてはならない存在となっている。

……らしい。


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