冷徹御曹司は政略妻の初めてを奪う



決して父さんがいなければ寂しくて生きていけないわけじゃない。

今までだって離れて暮らしていて、それでも平気だった。

けれど、いざ彩也子さんが父さんの一番近くにいると知ると、やっぱり切なくて寂しくて、複雑だ。

私にそんな感情が溢れるなんて予想もしていなかったせいか、どう折り合いをつけていいのか困ってしまう。

「瑠依……」

不意に、父さんが私を呼ぶ声が聞こえて視線を上げた。

「瑠依、幸せ、か?」

紬さんに向けられていた強気な声音とは全く違う、震えているようなか細い声が、私に届いた。

じっと私を見つめ、答えを待っている。

「幸せ、だよ。江坂瑠依になることができて、ちゃんと、幸せ」

どうして今そんな質問をするのだろうと思いながらも、自分の気持ちを素直に口にした。

紬さんを見上げると、嬉しそうに笑っている。

すると、父さんはほっと息を吐き出した。

「瑠依が幸せなら、それで、いいんだ。俺には、それだけで……。
彩也子と結婚しても、瑠依の幸せをいつも願っているから。だから、会いに来てくれ」

切実にそれを願う、苦しげな声。

病室にいる誰もがはっと息を止め、父さんの言葉を受け止めた。

窓から入る風に、カーテンが微かに揺れ、柔らかな日差しが躍る。

私の手を握りしめる紬さんの体温から感じられる愛。

そして、哀願するような父さんの声から響く、私への強い愛情。

「会いに来てくれなんて……今まで言ってくれたことなかったのに……」

へへっと笑い飛ばそうと、軽くそう言った途端、私の目の中の熱が崩壊し、頬を伝っていくのを感じた。








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